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いつかの子守歌~紅の花嫁
2008.10.05 |Category …箱庭の君 短編3
[紅の花嫁]
己(おれ)はそのとき、誰一人血のつながらない家族と暮らしていた。
その中の一人は、嫁にゆく日を指折り数えて楽しみにしていた。
己(おれ)もそうだ。
拾ったときはこんなに小さかったのに、いつのまにか己を追い越して…って、まぁ、己は童のままであったから、追い越されるに決まってんだけどな。
ともかく、そいつぁ己を追い越して、今度は嫁に行くなとどとぬかしやがる。
めでたいじゃねぇか。己は一緒に喜んで浮かれてた。
……だから。
だから、茫然(ぼうぜん)としちまった。
▽つづきはこちら
その日は、そいつの花嫁衣装を買いに、人里に降りていたのさ。あと、飯の材料と。
それで戻って来たらば、まぁ…。
己は戸を開けたままで動きを止めた。
小さく呼んでみたけど、誰の返答もなくて。
しん、としていた。
目をゆっくりと動かして、中の様子をさぐった。
いつもなら、己の名を…己の仮の名…“伍歌(イツカ)”と呼んで、何人かは必ず寄ってくるハズなのだ。
けれど、その日に限って、誰も寄ってこなかったんだよ。
剥げた壁が。
すすけた天井が。
黄ばんだ障子が。
…赤いしぶきに彩られていた。
あちこちと、乱暴に描きなぐった跡みたいに。
障子を破って坊の小さな手がはみ出して…。
正面に目を向けたらば、ぶらん…とあいつがぶらさがってた。
あといく日かで嫁に行くことが決まっていた、あいつだ。
「……………………………………………………とりあえず…、メシにするか」
己は目を瞬き、しばらく考えたあげく、この状況において間抜けな言葉を発した。
それでそのままかまどで飯を炊いて、ネギを刻んで、みそ汁を作って…。
一人で座って飯を食った。…とりあえず。
もちろん、人数分用意はした。
けれど相変わらず、あの娘は天井の梁から伸びた縄にぶらさがっていたし、坊は障子の一角を破って赤く濡れた手を出していた。それに壁に背をあずけてだらしなく座っている者、部屋の隅で丸くなっている者もいた。
どれも赤く濡れていた。
何枚かの障子も外れて倒れて、箪笥(たんす)の引き出しも開けっ放し。
衣装箱も引っ繰り返っている。
金目の物もなくなっていたと思う。
「……………………………………。」
それらを眺めながらの飯粒や漬物などの咀嚼、みそ汁をのどに流し込む作業が終了した。
「……………………………………。」
己はもうしばらく考えた。
ぶらさがった女をながめて考えた。
嫁にゆく日を楽しみにしていたこの一番上の女が、コレをやったのか。
それで最後に首をつったのか。
……………………。
…たぶん、それはない。
女の、乱れた着物、乱れた黒髪を見上げて己は思った。
女の着物は、他の小僧たちの返り血をあびたか、紅に染まっていた。
まるで、紅のきれいな着物を着飾っているようだった。
「紅の…花嫁…」
己は胃の辺りがカッと熱を帯びるのを感じた。これは、怒りというものか?
ともかく、不快なことが起こったコトだけは理解した。
侵入者だ。
どこかのならず者が踏み込んだ跡だ。
土足で上がったのであろう、土くれの足跡も残っている。
どこかの誰かが……または誰たちが踏み込んで、斬って、突いて、それから………
……………………。
やつらの、己を呼ぶ声が聞こえた気がした。
逃げ惑う悲鳴と。泣き叫ぶ声と。
見知らぬ者共の下品な哄笑と。
……………………。
己は四つ這いになって、侵入者の匂いをかいだ。
…滅ぼしてやる…。
ふいに脳裏をそんな言葉がよぎった。
そうだ、滅ぼしてやる…。
この己の平常を乱したことをおもい悔やむがいい。
どこまでもどこまでもどこまでもどこまでも追い詰めて追い詰めて…
永遠に苦しめてやろう。
己は、家に火を放った。
動かぬモノに用はない。
石とおんなじなら一緒にいてもしょうがない。
己は、嫁入り用の白い衣装を頭から被って、木の枝に跳び上がった。
長年暮らした家が焼けるのをしばらく眺めていたが、そのうちあきらめて、次の木、次の枝に跳び移って姿をくらます。
ヤツラを追いかけるのだ。
ヤツラは自分らが相手にしてしまったモノを何だと思っているのか。
わかってはおるまいな。相手にしてしまったモノが絶望であることに。
知らないなら、教えてやる。
その身に心に恐怖という名の烙印(らくいん)を。焼き付けて眠れ、永(とこしえ)に。
さぁ。狩りの開始だ。…くす…、くすくすくす…
籠目籠目 籠の中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面…………
「なぁ、お前? 永遠が欲しくないか? 永遠の暗闇を…共に歩んでおくれ…」
[いつかの子守歌~紅の花嫁 終了]
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