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いつかの子守唄:2
2008.10.05 |Category …箱庭の君 短編3
それから何百年。
我らはそのまま石と化し、人々は栄えた。
我らはあのときの男神に復讐を夢見ながら昏々(こんこん)と眠る。
“そのとき”にそなえて。
この雪辱は返さねばならない。
…己らの中の誰かが思った。
例えその者がいなくなっていたとしても、血を探り出して、必ずや滅ぼしてくれよう。
…己らの中の別の誰かが、また思った。
そうそう。忘れるところであったわ。あの女もただでは済まさぬ。
…やはり別の誰かが思った。
……………………………………………………己は………………………。
▽つづきはこちら
数百年経っても己(おれ)らは縫い止められたままであった。
岩になった体に緑のコケが生えそろい、しかしこの洞窟と泉には何者も住まわなかった。魚も鳥も虫でさえも。
我らが妖気という毒を吐き続けているからである。
人も寄り付かない。
ここは恐ろしい邪龍が封じられていると言い伝えに残っているのだろう。
こしゃくな…。
……また誰かが心の中でつぶやいた。
ひとところに封じられた我らの邪気は洞窟の出入り口に張られた結界の綱によって出て行くこともかなわず、狭い空洞の中を延々とさまよい続ける。
決められた空間の中に絶える事なく吐き出される邪気がどうなるか…。
考えなくてもわかろうな?
それらは淀んで、己らの黒い気を更に増幅させてゆくのだ。
神は誤った。我らにとどめをささずにいたこと…。
我らを罪の者として未来永劫に苦しめる心づもりだったのであろうが、そうはゆかぬ。
己は何者にも従わぬ者。
再戦だ。
……それぞれ、体を一時(いっとき)あきらめて魂の一部をちぎり、結界よりはい出て地方へ散った。
体を解放させられる何か手掛かりを求めて。
外界(げかい)で動けるのは、小さな力のみ。元の自分の何千分の一やもしれぬ。
またはそれ以下やも…。
こうなってしまっては、さすがに自分を哀れと思わざるを得ない。
しかしそれもまた愉快。
他の己と別れたのは初めてのことだ。
己はこのままでもいいと少し、思った。
これから先は虫ケラのごとき小さくか弱き者に、虫ケラのごとく駆逐されることもあるやもしれぬ。
それを考えたらおかしゅうてならない。
ともあれ己は、外界で動きやすいように人間の姿に変化した。
人間になった己を道行く人々は、“わらし”と呼んで小馬鹿にした。
わらし…確かにそうだった。己らはいつからいたのか知らないが、まだ若かったのだ。
何しろ、何も知らなかった。
己はどうやら年端もゆかぬ童子であったらしい。これもまた知らなかった。
己(おれ)は一人が楽しかった。
旅も楽しかった。
知らなかったことを知るのが楽しかった。
己は色々なものを見知った結果、知的な生き物である人間が一番いいと感じた。
さすがは我らを追い詰めるに一役買った者よ。感心する。
だから、人間をもっと知るためにその決まりに従ってしばらくは生きてみようと思ったのだが、これがなかなかに骨が折れることよ。
まず金というものがないと物は手に入らないのである。さもなければ、代わりの別の物だ。相手が欲しがる物と交換せねばならない。
だが、己は何も持っていなかった。なので、他から奪って、その決まりに従った。
…今にして思えば、奪った時点で初めの決まりごとから外れていたような気もするが、そこには気がつかなかったのだ。それに持っていないのだから、他にどうしようもない。
細かく全てを真似る必要もなかったしな。何しろ、興味があっただけだ。
遊び半分に表面上、真似ごとができれば良かった。
そうしながら、己はあの女を探した。
“美しい村の娘”だ。
顔は覚えていないがきっと会えばわかるに違いない。
…そうそう見つかるものでもなく、やがて己は京にたどりつく。
そこで派手に着飾った女に見初められ、よくわからない内に牛車に乗せられることとなった。
外れに家をもらい、そこで可愛いがられて過ごす。
旅の途中もこういうことはよくあった。
派手な男に、派手な女に、派手な坊主に…。
年頃のわらしは、可愛がられて金になるのだとそのころには己も心得ていた。
だが、人の下についたことのない己には、いつまでも同じところで飼われているには限界があった。
それにおとなしくしていると飼い主はどんどんつけ上がって愚かしさばかり目立つようになる。
始めは機嫌をうかがっていたクセに、慣れてくると己を従わせようとばかりするようになるし…。
見ていて不愉快ですらある。
そうなると決まって己はイタズラをしかけるのだ。
それは急に食い殺すこともあり、いたぶり殺したり、たぶらかしたりすることもあった。
またワザと己を遠ざけた所に住まわせてこっそりと逢い引きをしているのに、バレてはマズイ者にわざわざ会いに行ったりもした。
関係を壊すというやつだ。
どれもほんの茶目っ気のつもりなのだが。
まぁ、そのときのあわてようったらない。
信じていた者に裏切られた、という顔だ。
さもなければ、己を己と思っていないというツラだ。
“きっと本当の己はこの化け物の己に食われた後なのだと思ったに違いない。”
だが、奴らは他者に信じられるに値する値打ちが自分にあるつもりなのだろうか?
それだけのことを己にしたつもりなのだろうか?
エサをやったからか?
ひざの上に乗せたからか?
…交わったからか?
はははははっ。己には単なる遊びにしか過ぎぬのに。欲しければ、力で手に入る。
こんな姿になっても人間の及ぶところではない。
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