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響く炎:9
2008.01.03 |Category …箱庭の君 短編2
深之「十音裏、会いにきてやったぞ」
離れにある蔵の鍵を開けると、真っ暗な部屋の中で、壁に名を刻んでいる子供が一人。
眩しそうに目を細めて振り返る。
響「…これが…鬼子…?」
十音裏「……………」
十音裏…様は、陶器でできた儡人形(でくにんぎょう)のようだった。
色のない顔からは表情が消えうせ、死人のように濁った瞳には希望の一欠けらもない。
▽つづきはこちら
深之「十音裏、挨拶はどうした? 自分の名は覚えたろう?」
十音裏「十音裏でございます、深之殿」
響「………しゃべった…」
深之「おっほほほっ。そりゃあ、話ますともさ。鬼子だって」
響「…!! 深之殿…。お子の前で、鬼子はナイでしょう?」
深之「よいのです。本当のことですもの。…なぁ、十音裏?」
十音裏「十音裏でございます、深之殿」
響「…おい…」
“魔性”は見慣れている。
なぜなら、ワシの妻が魔性そのものだからだ。
だから…
だから、わかる。
この子供は、魔性ではないと。
人だ。
少しおかしな力を持っているのかもしれない。
だが、人に違いなかった。
響「十音裏様…。私は加賀美 響と申します。貴方の父上様の…」
十音裏「十音裏でございます、深之殿…」
響「………ちょっ…と…」
『これは………』
深之「ほほほ。おもしろいでしょう?」
響「……………」
十音裏とは。
十の音の裏…。
“十の音”とは世のざわめき…すなわち、“世間”を指し、その“裏”ということで、“無き者”という意味合いだという。
表には決して出ない日陰の者。
…酷い名前だ。
ワシは眉をひそめた。
響「深く傷ついた深之殿の気持ちも解らぬでもないが…」
家に帰ったワシは、ウチのワガママ若様をひざに乗せてお焔にそのことを話して聞かせた。
焔「どちらが鬼子やら…」
あぐらをかいて、煙管を吸う。
実はそれ…、そのあぐらと煙草は、自らを「オレ」と言うのと共にやめて欲しいのだが…。
…なかなか言い出せない、ダメなワシ…
響「お前も驚くか」
焔「“お前も”とは何だ。そも、人とはかような生き物じゃと思うておったぞ?」
響「…ワシのこともか」
焔「お前さんは、知らぬ。初めは驚いたわ。阿呆ぅかと思った」
響「……………………」
京次「あほぅ、あほぅ」
響「うっせぇ」
妻のお焔もそうだった。
人に寄り、一度は信じたその人に、だまされてあそこへつながれておった。
焔がつながれている限り、あの土地は栄えるのだったそうな。
人の欲は限りなく。
だがそれが妖の糧となり、魔を増幅させる。
人に不信を抱き、敵意を持っていたお焔も、ワシの欲を引き出して戒めをほといてもらい、願いを叶えてやったら最後に魂を食らってやるつもりだったらしい。
戒めを解く行為以上の強欲な見返りをぶつければ、お焔はその邪心を力に変えて本人に帰すことができたという。
だが、ワシの願いがあまりに貧相で小さかったために、何事も起こらなかったのだとか…。
言われてみれば、確かに。嫁になるに魔性の力はいらんわなぁ。
貧相でみみっちくて悪かったな!…とそのときワシは怒ってスネたが、お焔は「それで良かったのだ」と笑うばかりだ。
どーせ小さな男よ、ワシはっ。ふんっ。
そんなことがあってから、ワシは十音裏様の元へ内緒で通うことが多くなった。
気になって仕方がなかった。