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響く炎:13
2008.01.05 |Category …箱庭の君 短編2
響「知っているか、京次」
風呂上がり。
息子をあぐらのひざに乗せて、縁側。
京次「しらねー」
響「聞いてから言えよ」
「あのな。魔性の者に出会って、まず一番してはいけないことを知ってるかー?」
京次「しらねー」
響「それは、話をしてしまうこと。目を合わせてしまうことだ」
「魔性に応えてはならぬ。本物の魔性は、あの手この手を尽くさずとも、的確に心の隙をつく。知らぬ間にだまされて、魂(タマ)までとられちまう。…わかったか、京次?」京次「うん。…ちょっと」
指で“ちょと”を示す。
▽つづきはこちら
響「そっかそっか。ちょっとか。お前は可愛いな♪」
「これはな、父上の父上が言っていた言葉だぞ。ちょいと細かいトコは違うけどな。ワシの体験談入りだからな、信憑性あるぞ」
京次「…?」
響「…わかんねーか」
「まぁいい。だが、コレだけ覚えとけ。女はなぁ、皆、魔性だ。あっはっはっ。いいか? だまされるなよ。だまされるとロクなコトがナイ」
ロクなコトがナイのに、それが良いのだと思わされちまう。
それがだまされてないだなんて、言えないだろう。
だまされてんだ。今、この瞬間も。
響『…次はちゃんと…深之殿に言っておかねば…。ワシの心は変わらぬし、そんなワシを追うは深之殿のためにも良くないことだしな』
そうして…
……………………。
深之「響殿、響殿! お願い、そんな事言わないで! 本当はわらわを愛しておるのであろ?」
響「……………」
深之「身分違いの恋いだとて、忘れるためにわけのわからぬ下賎の女を娶った(めとった)のであろ?」
響「……………」
深之「だって…だって…いつも…あんなに優しかったのに…。…いつも…わらわの味方であってくれたのに…」
響「……………」
深之「…嫌…響殿…」
響「……………」
深之「嫌じゃ…嫌じゃっ! 響殿っ! 深之を捨てないでっ!」
響「…捨ててなど、おりませぬ…」
そうなのだ。
初めから。
手にする気がないなら、手を差し伸べるべきではなかったのかもしれない。
この女性(ヒト)は、特に。
深之「そうでしょう? そうでしょう? もうワガママは申しませぬ…。だから…もう会えぬとは言わないでちょうだい」
響「いいえ。ワシのためにも貴女のためにも。それが一番良い。貴女には夫はおりましょうし」
深之「和成様は深之など愛しては下さらぬ! 誰も…誰も深之のことなど…」
響「では、詩腥(しせい)様を大事になさって下さい…」
深之「…! なぜそこで十音裏(とねり)が出てくるっ!?」
響「…深之(みゆき)殿は、人を愛したことがおありですか?」
深之「あるっ! 今も目の前のそなたをこんなにも…」
響「いいえ。貴女はまだおわかりではない。この響を好いて下さるのなら、その胸の痛み、忘れずにとっておいて下され。それが辛いとお思いならば、他の者に同じ思いをさせぬようふるまっておれば、そのうち本当に貴女を心から愛してくれる者が現れましょう。…そのときに、痛みはきっと消える」
深之「…わかりませぬっ! 言っていることが…何ひとつ…わからぬっ! わかりたくもないっ! 痛みを消してくれるのはっ! 響殿以外に…」
響「…………申し訳ございません、深之殿。何度も言いましたが、やはり貴女は主君の妻でございますし、私にも…」
深之「………………」
響「愛する妻と子がおります故…」
深之様から一歩離れる。
一歩は永遠の距離に。
いいや。
初めから、近くなどなかった。