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ゼロのノート

ト書きでカンタン☆ 気楽に気軽に創作物語。

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レイディ・メイディ 65-2

 何故、こんな事態になったのか養成所側からの情報は、外の人間であるミハイルには詳しく伝えられていない。
 詮索するつもりもはなかったが、このケガ以来、ヒサメの兄というのが姿を見せていないのでだいたい察しはついた。
 あれだけぴったりと寄り添っていたのに、顔を見せないなんて不自然すぎる。
 おおかた、あの兄というのが曲者だったのだろう。
 敢えて好意的に考えるのなら、共にいて命を落としたか。
 
ミハイル『ま、前者だろうけどな』
 
 流れ者のヒサメ……いやシズカをわざわざ追って10数年ぶりに尋ねてきたというところからして、胡散臭い。
 どんな事情があるかは知らなかったし、興味もないが。

▽つづきはこちら

 数日に及ぶクロエ、リク、両名の集中治療が済んでようやく鎮の番に回ってきた。
 途中からでもただ一人だけでもこちらに回してくれればいいのに、地位のない異国民に対する待遇はどこも一緒だなと思った。
 いや、実兄というのが何かしら不始末をしたせいで立場がいっそう悪くなったのかもしれない。
 事情を聞くためには生かさなければならないが、死んだら死んだでそれでいいとそういうつもりだったのだろうか、養成所側は。
 白魔法による治療が開始されてまた1週間。
 回復魔法をかけたからといって、いきなり治ってしまうわけもない。
まだまだ安静にしていなければならないというのに、鎮は今日から授業に出ていた。
おとなしく寝ていればいいものをとミハイルは呆れて言ったが、個人的な事情で迷惑をかけたのだからのんびりしているのは申し訳ないというのが彼の言いようだった。
その回復力は通常ではありえない。
ついこの間まで生死の境を彷徨っていた人間が。
壊れ物のようなあの細い体のどこにそんな生命力が宿っているのだろうか。
これからニケに呼ばれて執務室に向うと言っていた。
身内の不始末で首が飛ぶのかもしれないなとミハイルは思った。
薬の瓶と一緒の列に並べてある酒の瓶を手にとって栓を抜く。
日中から医務室でとんでもない保健医である。
 
 
ニケに呼ばれた鎮はビスケット色のドアを叩いた。
入室の許可を待って、ついでだと言いながら付き添ってくれたクレスに戸を開けてもらう。
 
クレス「まさか、ヒサメ……辞めないよな?」
 
 背を相手に合わせてかがめて、小声で問いかける。
 
鎮「さぁ」
クレス「さぁって……」
鎮「ありがとう、ここまででよい」
クレス「あっ」
 
 閉まるドア。
 クレスは立ち去りがたく、聞き耳を立てることにしたが、もう一度開いてニケが顔を出し、意味深な笑顔を向けてきたので、あわてて逃げ去った。
 後ろ髪を引かれながら。
 
鎮「まずは二人の学徒を我が一族の問題に巻き込みましたこと、深くお詫び申し上げまする」
 
 痛々しい包帯姿の鎮が律儀に頭を下げた。
 
ニケ「もう動き回って大丈夫なの? ……とてもそうには見えないけど」
 
 人の良さそうな笑みを浮かべてニケはソファーに座るよう相手に勧めた。
 しかし松葉杖をついた鎮は一度座るとなかなか立てなくなるとこれを断わった。
 ニケの方でも強く押すことはせずに、すぐに本題を切り出すことにした。
 
ニケ「お兄さん、いないね」
鎮「はい」
ニケ「事情……話してもらえるね?」
 
 表情は柔らかいが有無を言わせぬ圧力が見えない力となってのしかかってくる。
 鎮は素直にはいと答えて、口を開いた。
 
鎮「ええと……まず、我ら一族は厳しいしきたりがございまして……」
ニケ「うん」
 
 足を組んだ膝の上で指も組む。
 
鎮「村の外に許可なく出てはならぬのです」
ニケ「それはまたどうして?」
鎮「そういう決まりなのでござる」
ニケ「…………」
鎮「我が一族は封建的。ニケ殿がこの話をお聞きになって想像する以上でございましょう」
ニケ「…………」
鎮「婚姻も一族内でしか認められず、外に出て……村以外を我らは“外”と呼びますが……外で暮らすことも許されず」
ニケ「…………」
鎮「それを破る者には制裁が与えられまする」
ニケ「…………つまり」
 
 いちいちうなずいて聞いていたニケがここにきて質問を返した。
 
ニケ「つまり、それでお兄さんがやってきたと。君を断罪するために」
鎮「……その通りで」
ニケ「……ふぅん……」
 
 考え込んで今度は腕を組む。
 こういった事情のある部族をいくつかニケも知っていた。
 小部族にありがちなしきたりなのである。
 身内意識がやたら強くて、外部の者を寄せ付けない。
己が血統を純粋のまま残すために外部からの接触を一切絶つ。
 生物としてそれは逆の効果になるのだが彼らはそれでも頑なにそれを貫こうとする。
 滅びの道をわざわざ辿ろうというなんとも古臭い決まりごとを捨てきれない彼らを、常に新しい場所へ身を置くニケには下らない以外の何物にも思えなかった。
 目の前にいる海の果てから流れてきた青年の一族もまたそれらと同じだという。
 開放的でない彼の性格からして、妙に納得できた。
 
ニケ「それで……それがわかっていながらどうしてお兄さんを引き入れてしまったのかな?」
鎮「………………」
 
 相手が申し訳なさそうに肩をすくめたので、ニケは質問を変えた。
 
ニケ「……そうだね。嬉しかったんだね。いいんだ、普通だよ。それは」
 
 おおかた、味方になってやるだのと甘言に乗ってしまったに違いない。

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