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レイディ・メイディ 64-34
2008.09.17 |Category …レイメイ 64話
リク『だって……』
クロエ「イヤ……」
大粒の涙を青い目に溜めたクロエがゆっくりとかぶりを振る。
リク『だって……先生は強いんだ……』
強いのだから。
負けるなんてこと、あるはずがないのだ。
現実逃避をしかけたリクを無理に引き戻したのはクロエの悲鳴だった。
クロエ「いやあぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!」
ありったけの声量で叫び、それに弾かれでリクが駆けだした。
▽つづきはこちら
リク「先生っ!!」
偲「………………」
新たな敵の出現を認め、偲は死体から身を引くと悠々と歩いて、中央に突き立てられていた鎮の刀を手に取った。
死体と赤い眼の青年の間に入り、刃を向ける。
鎮は殺した。
次は彼らを捉えて公爵に引き渡せば、西の大陸での仕事は終る。
リク「よくも……よくも!!」
相手から見れば、まったくなっていない手つきでリクは斬りかかった。
家族と死別して、養成所に転がり込むまで3年。
だが3年間を全て訓練していたわけではない。
形だけは持ち前の吸収の速さで何とか見えるまでにはなっていたが、ただそれだけだ。
本当の基本など身につくまでに至っていない中途半端な剣が殺し屋に当たるはずもなかった。
敵はその辺の荒くれ者とはワケが違うのだ。
殺しを家業とし、いくつもの戦場を渡り歩いてきたベテランである。
経験の有無。
それは天と地以上に命運を分かつ。
黒薔薇を目指す身でありながら、頭に血の昇ったリクは魔法を頼りとせず(もはや頭の隅にもない)腕力に訴えた。
剣が通じないとわかるや、なんとその剣を敵に投げつけてそのまま突っ込んできた。
シロウトの強みと言おうか。
その行動は少なからず、偲に面食らわせた。
戦いの真っ最中にかんしゃくを起こして剣を相手に投げつける。
……ありえない行動だった。
いや、狙ってやるのならわかるのだ。
しかしあまりに突発的な行動で偲は瞬間、判断を遅らせてしまった。
そのわずかな隙を突いてリクはまんまと懐に入り込み、なんと、顔面に一発、拳をお見舞いさせることに成功したのだった。
身長180もある決して細いだけではない体躯に力いっぱい殴りつけられて、さすがに平気でいられる者はいない。
倒れるよりも早く後方に飛びのいたが、頭がぐらつき視界が定まらない。
偲「………………」
続いて口の中に鉄の味がいっぱいに広がった。
口内に溜まった血を吐き出すと、折られた奥歯がこつんと音を立てて、小石の上を跳ねる。
偲「……フーッ」
逃がすまいと勢いづいたリクが拳をふるって畳み掛けようとするが、もう奇跡は起こらない。
あと10年、彼が訓練と実戦経験を積んでいれば、こんな無様なことにはならなかっただろう。
彼はありとあらゆる才を身につけて光臨した神の申し子だ。
人より遅れて習ったとしてもすぐに身につけてしまう脅威の才なのだ。
しかし、時期が早すぎた。
得てして世の中とはそういうものである。
才があっても花開く前ではないに等しい。
学生の中でどれだけ優秀であろうとも。
積み重ねられた努力の前に天才はもろくも崩れ去る。
背後をとられた。
逆刃に持ち替えた刀が振り下ろされる。
殺さずに公爵に引き渡すつもりの峰打ちだ。
当然、そんなことは知らないリクは斬られる瞬間を覚悟した。
だがそこへクロエが割り込む。
剣と刀がかち合って響く。
クロエ「やらせないわっ!」
偲「………………」
偲は力任せに刀でクロエを押し戻した。
続けさまに蹴りを放って少女の細い身体を容赦なく吹き飛ばす。
クロエ「がはっ!?」
くの字に折れ曲がった体は、濡れた大地の上を転がってゆく。
リク「クロエ!!」
ようやく止まったところで起き上がろうと手をつこうとして、クロエは身を固くした。
後ろがない!
転がった先は崖っぷちだったのだ。
そうだ。
クロエは今更ながらに思い出した。
進行方向右手はずっと谷が続いているとリクが説明してくれたではないか。
道なりにきた馬車が野営したのはすぐその付近だ。
崖に気を取られていたクロエに影が覆いかぶさる。
はっとして見上げると今、刀が振り下ろされる、まさにそのときだった。
クロエ「……あっ」
リク「クロエェー!!!!」
リクが走る。
びしゃりと血が、飛び散った。
偲「………………」
クロエの顔に柔らかい髪に細い肩に、赤い液体が降りかかり、斑点模様を描き出す。
偲は刀を振り上げた格好で、予想外の出来事にわずかに眼を開いた。
わき腹に熱が走る。
クロエ「あ……ああ……」
リク「……ああ」
偲「……………………」
地面にぺたりと座り込んだ格好の少女の上に殺し屋の身体が傾いて迫った。
だが側面から衝撃を受けたために少女を押しつぶすことなく、横をすり抜け谷底へ向けてゆっくりと倒れてゆく。
目の前で起こった出来事を、クロエは正確に把握できていなかった。
ただ、網膜に映ったその光景をぼんやりと見つめているのが精一杯だった。
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