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レイディ・メイディ 35-2
2008.05.02 |Category …レイメイ 34・35話
糸車を挟んで老婆と少女が向かい合っている。
窓から柔らかく射す太陽の光の輪の中で、あどけない顔をした少女が老婆に向かって何か話しかけていた。
「それはなぁに? どうしてクルクル回すの?」
「知らないのかね、お嬢ちゃん。これはね、糸を紡ぐための糸車さ」
今にも糸車を回す音と他愛のない会話が聞こえてきそうだったが、気がつけばそれはよく出来た人形であった。
窓辺には二羽の小鳥が二人の会話に聞き入っているかのように寄り添う。
驚くことにこれもまた側に寄らねば気がつかない程の精巧な作り物だった。
女王「好きなものを作ってごらんなさいって言ったら、こんなモノを作ったの。……ね、おかしいでしょ?」
ニケ「……変わり者ですから」
▽つづきはこちら
女王が直々に人形師に依頼すれば、まずは麗しい女王自身か慈愛に満ちた女神。
さもなければ猛々しい戦神をモチーフにするだろう。
ところがシズカ=ヒサメときたら、まるで日常の一場面を切り取ったような作品を作る。
名声を得ようという欲がないのか、媚びるつもりがないのか、はたまたサービス精神に欠けているのか。
ともかく彼は女王の機嫌を取るために人形を作るつもりは、これっぽっちもなさそうだった。
自分の作りたいものをただ黙々と仕上げたらこうなっただけ。
けれどその作品は目にした者全てに感嘆の声をあげさせるのに成功していた。
少女は麗しくも慈愛に満ちてもいない代わりに、好奇心旺盛の瞳を輝かせており、老婆は人の良い笑顔をゆったりと浮かべて幼いお客さんを歓迎している。
この石造りの部屋にゆっくりとした時が流れ、何の変哲もない毎日がこれからも続いていく…………そんな風に思わせられる何かがある。
人形一体一体だけでなく、少女と糸車と老婆と小鳥たち。全部を併せてここに世界観を作り出してしまっている。
それにもしかしたら、この陽の光さえも計算ずくなのかもしれないと深読みをしてしまいそうなほど、見事な配置と演出だった。
女王「驚いたでしょう?」
ニケ「驚きましたよ」
女王が無邪気に自慢するのに対し、ニケは怒っているかのような強い口調で言った。
女王「こんな物を作れる人なら、きっと悪い人間ではないと思うの」
確かに体温の感じられる人形だ。
人をすぐに信用したがる女王がこの人間は安全だと判断するのもわからないではない。
しかし問題はそこではなかった。
ニケが驚いたのはもっと別の部分だ。
ニケ「……陛下!! 陛下はおかしいとはお思いにならなかったのですか? この、構図を」
女王「…………何を怒っているの、ニケ……?」
ニケ「怒っているのではございません。ニケは…………戦慄しているのです」
女王「戦慄……」
ニケ「何も感じられなかった? コレを見て?」
ほとんど等身大でニケと同じくらいの少女の隣に立ってみた。
少女はニケを見向きもせずに老婆に、いや糸車に顔を向けている。
ニケ「招かざる客、13番目の魔女は言いました!! 姫は15の誕生日に錘に刺さって死ぬだろうと!!」
女王「そんな、偶然よ。シズカはこの城の伝説など知らないのだから」
ニケ「ですが、御覧なさい。姫は15代目。地下に封じた魔力が強くなっている。そんなときに現れた放浪の魔術師。意味深に突きつけられた糸車と少女。他にもまだある。オーロール(あかつき姫)とジュール(日の王子)もあそこ(養成所)にはいるのです。これだけそろっても偶然だと?」
女王「待って、落ち着いて。それは誤解だわ。だってシズカは私を守ってくれたのですから」
ニケ「……守る?」
顔を上げて自分よりはるかに背の高い女王を見上げる。
女王「私の命を狙った者がありましたが、そのときにシズカに守っていただきました。それで魔法使いだとわかったのです」
ニケ「何故、逮捕しませんでしたか」
入国時に名乗り出なかった魔法使いを。
女王「命の恩人でしょ? それにとっさに人を守れるのは騎士だわ。違う?」
ニケが黙っていると彼女は続けてにこりと笑った。
女王「黙っていても良かったの。シズカは私を守る責任などなかったのですから。それでも助けようと頭で考えるより早く行動してしまうのは、きっと一つしか答えはないでしょう? そうは思いませんか、ニケ」
ニケ「……………………」
女王「そんな人だから私が推薦したの。人形を作ってもらうためにも娘を知っておいてもらいたかったから」
ニケ「ではまだ姫の正体を知らせてはいないワケですね?」
女王「近々、知らせるつもりです。そして行動を共にさせて最高の人形を作らせます。それで忌まわしい呪いは終わりよ」
ニケ「……………………陛下がそうまでおっしゃられるのでしたら」
深く息をついて、肩を落とす。
女王「待って。そんなふうにあきれないで、見捨てないでちょうだい。私は真剣なの。娘を守って13番目の魔女も鎮めたい」
彼女の言い出したら聞かない性格を嫌というほど知っているニケは更に深い息を漏らした。
ニケ「全てを手に入れようと言うのですか。貴女は相変わらず欲張りだ」
女王「ふふっ。そうなの。さすがはニケ先生ね。一番の理解者だわ」
ニケ「あきらめの境地というやつです」
やれやれと頭を振る。
女王「でも…………どうしても、どうしても危険だとおっしゃるなら、私は先生の意見に従います。ニケの意見を聞かせて。貴方はあの者をどう思われます?」