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レイディ・メイディ 34-8
2008.04.30 |Category …レイメイ 34・35話
氷鎖女「ミハイル殿、すまぬが手ぬぐい……タオル貸して下され」
担任教官は、保健医にタオルを借りると無造作にメイディアの顔に放った。
顔が隠れたことでいくらか安心したのか、我慢していた涙が再びあふれ出す。
氷鎖女「人にはな。生まれながらの魔力容量の限界というのが決まっておって、こればかりはどうにもならぬ。これが大きい奴が恐らく魔術師としての才といっても良いでござろうな。……物覚えは遅くともどうにでもなろうからやはり最終的には器の差か。拙者が見たところ、手前は先の二人に比べて小さいように思える。あくまで未熟な拙者からの視点だが」
申し訳程度に慰めが入ってはいたが、その言葉はずんと心に堪えた。
才能がないと言われたようなものである。
氷鎖女「ヤツラは確かに特別だ。才のない者が努力で補うことは無論できるが、限界もあろう」
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ああ、だから入所試験で魔法をすでに使えたり知っていたりする者が落とされて、全く知識のない者が受かったりと不思議なことがあったのだと今になって納得した。
限界があまりに近いと伸びる余地なしとみなされてしまう。
養成所に入所できた者は、少なからず才能を見込まれてのこと。
いわば全員がエリートなのだ。
その中でさらにふるいをかけられているところなのだ、彼らは。
氷鎖女「だが、手前も捨てたものではない。器がいくら大きくても使い切れなくては、ただの宝の持ち腐れ。大抵の者はな、持てる器をいっぱいまでにせん内にいっぱいと思い込んで止まってしまうよ。だからな、多少小さかろうが、めいいっぱい使える方が強い」
メイディア「…………………………」
氷鎖女「わかるか、ごーるでん。強いと言ったんだ」
メイディア「……ハイ……」
しょぼくれた返事が返ってきて、理解していないなと氷鎖女は思った。
氷鎖女「どれだけデカイ魔法がいくつ使えても、胸に刃一突きで人は簡単に死ぬ。奴らが何の天才かによる。同じ舞台で戦えばかなわぬかもしれぬが、面と向かって張り合う必要などない」
メイディア「………………………………」
氷鎖女「正面で張り合わぬのが卑怯と思うならば、それもよし。だが、己の舞台に引き込むのもまた力だ。どんなに見た目の力量差があろうと引き込まれて負けたら、それまでよ」
メイディア「…………………………」
氷鎖女「ヤツラは魔力も大きければ、頭の回転も早い。小賢しい策など見抜くだろうし、よしんば陥ってもきり抜けるだけの力も有しておる。それでも勝とうと思うなら、まずは己を知り、敵を知ること。ごーるでんがあの両名に勝つには、戦術が必要になってくる。奴らを観察して良いところがあれば取り入れるがよかろ。幸い、手前は観察者の目を持っているようだからな、それを使わぬ手はない。見ているうちにどこに穴があるかわかればしめたもの。それから自分に合った一撃必殺の魔法を磨け。この2つが手前を助けることになるだろうよ。他の魔法はこの際、捨ててもかまわぬ。戦術に必要な分は取り入れるべきだとは思うが、それは授業で十分だろう、手前なら」
メイディア「もし、一撃を外したら?」
氷鎖女「何度でも一撃必殺の魔法を放て。完全に封じられたときは手前の完敗だ。……が、そんな心配がいらなくなるほど磨き尽くせばよい。手前の強みは追う者という立場だ。一番前を走る者よりも有利だからな、精神的に」
メイディア「……そうでしょうか?」
氷鎖女「ああ、まだリクもクレスも強くはない」
メイディア「……え?」
あの二人が強くない?
あんなに騒がれて教官たちもこぞって褒めたたえているのに?
疑問に答えるように氷鎖女が口を開いた。
氷鎖女「奴らはまだ、ただの優等生に過ぎぬよ。充分に勝てる。勝つための準備をして臨むのなら」
メイディア『そんなコト言ったって……』
氷鎖女「そのような顔をするな。手前には他の二人にはない武器があろうが」
メイディア「二人になくてワタクシにはある武器……? …………色気?」
考えたあげく導き出されたトンチンカンな答えをワザと無視して、カーテンの向こうに呼びかける氷鎖女。
氷鎖女「保健のセンセー、バカにつける薬お願いしまーす」
メイディア「むぅ。だったらなんです?」
頬をふくらませる。
氷鎖女「向こう見ずで怖い物知らずのその性格だ」
メイディア「……んまっ!!」
氷鎖女「こればかりは、さしものあの二人も敵うまいよ」
メイディア「放っておいて下さいませ!!」
氷鎖女「よしよし。少しは元気になりよったか」
メイディア「なんですって?」
氷鎖女「何も。……ではな」
カーテンの外に出て、今度は隣のベッドにも顔を出した。
レヴィアスの教え子がギクリとして縮こまる。
氷鎖女「手前もな、倒したいと思う相手を見誤るなよ。よく考えてみ? クレスに負けたが悔しいか?」
少年はめっそうもないと首を横に振った。
アレはバケモノだ。
魔法のアイテムをもってしても粉砕されて、自分がかなう相手ではなかったと身をもって知ってしまった。
隣の話し声を聞くに、メイディアの奴はそれでもなお食い下がるつもりでいるようだが、実際に相手をしていないから言えることだ。
氷鎖女「ではたった一度の負けで見向きされなくなったことが悔しいか?」
少年「う……」
図星を指されて言葉に詰まった。
そうだ、自分がケガをしたのに担任教官は労りの言葉をかけてくれるどころか、「せっかく貸してやったものが無駄になった」とつぶやいて見向きもしなかったのである。
これから先のことを思うと気が重くなる。
レヴィアス先生は完璧主義だ。
無様な失敗は許さない。
もう目をかけてはくれなくなる。
それが怖い。
氷鎖女「ま、どちらでも構わぬよ。だがな、誰に見向きされぬ方がきっと都合がいいぞ。急に伸びたと驚かせるにもってこいだ。……度肝抜いてやれ」
誰のとは言わなかったが、レヴィアス教官を指しているのだろう。
てっきり自分のクラスの子をケガさせたとして叱られると思っていた少年が拍子抜けして目を見張る。
氷鎖女「あきらめるな」
少年「……………………………………は……い……」
少年はベッドに潜ったまま顔を出しはしなかったが、膨らみが震えていたので泣いているのだとわかった。
見放される不安と恐怖と悔しさに、声を掛けられたことで初めて浮かび上がった罪悪感とが混ざりあって両目からあふれ出す。
氷鎖女「ではミハイル殿。お願い致す」
少年の側も離れて、ミハイルに軽く会釈。
ミハイル「オイオイ。聞いてりゃ、ずいぶん教官らしからぬ言動じゃないか。いいのか?」
氷鎖女「だって人格者じゃないもの」
口元に手を当ててクスと笑う。意地悪く。