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レイディ・メイディ 第35話

第35話:糸車と13番目の魔女

 数日前のローゼリッタ城。

 女王に呼ばれたニケが王の間で片足をついて20年前の生徒に挨拶をする。

 

女王「お久しぶりです。先生はいつお会いしても変わらないのですね」

 

 呼び出しに応じてきた12、3歳の少年…………に見える高齢の白魔道士に向かい、女王はゆるやかに微笑んだ。

 

女王「ここは堅苦しい。散歩でもしながらお話しをしましょう」

 

 薔薇をモチーフにあしらった白銀の剣を手に玉座から立ち上がると数名の女官が後に続こうとした。しかし女王はそれを制してニケと二人だけの時間を作った。

 居城の前に広がる薔薇の庭園を歩いて楽しみながら、本題を切り出そうと女王が口を開く。

 

女王「早速ですが、娘は……クロウディアはどのような様子でしょう? 手紙は拝見しておりますけれど……この間も狂信者に命を狙われたとか」

ニケ「……はい」

女王「もう養成所も安全ではなくなったということでしょうか」

 

 今年17になる娘を持つ母の身でありながら、未だあどけない少女の面影を残した横顔が悲痛に歪んだ。


▽つづきはこちら

ニケ「いいえ、養成所内では不穏な動きはありません。しかし、養成所にかくまっているということは漏れたワケですから、そろそろ真実をお話しになって城に呼び戻しになっては?」

女王「でもそうなるとあの子は一切の自由を失います。これまで外の世界で伸び伸びと暮らしていたものが、突然ではあまりに不憫。せめて養成所で城に戻るための訓練をしっかり身につけてからでないと……。彼女は自分が本当は何者であるのか知らないのですから。かつて私がそうであったように」

ニケ「……それはわかりますが、姫の御身を思えばこそ……」

 

 反対の意を示すと女王は目の前に立ち塞がるように立ち止まり、懇願した。

 

女王「先生、お願いです。どうかあの子を守って!!」

ニケ「……陛下……」

女王「城にくればもう、外界との接触はほとんどなくなります。王座に着けばなおのこと。地下の封印を抑えるために一生をかけなければなりません。あの子はまだ輝かしい十代。どうか、彼女が自分の力を自覚するまでは側で支えてやっては下さいませんか」

 

 こうまでされてしまっては、断る訳にもいかず、不承不承うなづくしかなかった。

 ニケは思い出す。ちょうど20年前のことを。

 女王がまだ女王でなかった16歳。

少女は自分がローゼリッタの姫君であることを知らず成長してきた。

 淑女としての品位を学ぶため、またやがてくる重い使命を背負うために白魔術を身につける。

 150年という長い月日を生きるニケは、王族に信頼厚い王宮魔道士で、代々の姫君に白魔術を授けてきた師でもあった

それらは常に城内で行われてきたが、現女王が生まれてすぐに命を狙われる事件が相次ぎ、身分を知らせぬまま信用の置ける家臣の家に預けられた。

 自分を王位後継者と知らず、武家の家で育ち、身を守るための剣術を習い、養成所のニケの下で白魔法を。こうして卒業後、王位に就いたのが現女王なのである。

 その娘もまた、占い師によって不吉な運命を言い渡され、生まれて間もなく呪われたこの城から外へ預けられ、現在はやはりニケの下で白魔術を学んでいる。

 特に今度の姫は15代目の姫。

魔女シレネの呪いが勝つか国が姫君を守れるかにかかっているのだ。

 シレネの呪いの力が活発になっている今、まだ力をつけていない姫を城に呼び戻すのは確かに危険かもしれない。

城は最も呪いの力を受けやすい場所なのだから。

ならば力を有した者が集い、敷地内に強力な魔法防御結界を張り巡らせた養成所が一番安全かもしれなかった。

 

ニケ「ときに陛下。シズカ=ヒサメのことですが」

女王「ええ」

 

 姫の件はあきらめて願いを聞き届けることにし、今度は新人教官についての疑問をぶつけた。

 

ニケ「彼は一体どのような経緯で養成所に送り込まれたのでしょう? 皆も画家がどうしてと不思議に思っております」

女王「彼は画家としてよりも人形師として呼びました。例の人形のために」

ニケ「儀式の人形です

 

 声を潜めて周囲に視線をめぐらせた。

 

女王「そう。他のどんな人形師よりも優れた……まるで生きているかのような錯覚に捕らわれる人形」

 

 いらっしゃいとニケを離れの塔に案内した。

 門番がうやうやしく頭を下げて扉を開くと螺旋状の階段が1本、上へ向かって伸びている。

 

女王「それでね。しばらくは城内に住まわせてどのような人物か見て判断しようと思っていたの」

 

 完全に師と二人きりになると女王は少女に戻り、ドレスの裾をつかんで冷たい石の階段を軽々と駆け上がっていった。

 後に続いてニケがローブを翻す。

この階段は老体に堪えるなどと思いながら。

 

女王「ホラ、見て!!」

 

 頂上につくと1つの小さな扉。赤だった塗装は所々はげ落ちて、木目が剥き出しになっている。

 中腰になって、鍵のかかっていない扉を潜るとニケを手招いた。

 

ニケ「……これは……?」

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