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レイディ・メイディ 64-29
2008.09.15 |Category …レイメイ 64話
初「このままでは冴牙が殺される!」
偲「……もう遅い」
初「……まさか……」
手を緩めて、一歩後ろに下がる。
初「まさか…………知っておったのでは…………あるまいな?」
引きつった笑みを浮かべて、信じられないと目の前の男を見つめた。
偲「……ああ」
初「!!」
聞きたくなかった。
ナゼ?
知っていて見殺しにしたというのか、この男は。
仲間が、里の一族が生きたまま嬲られるのを見過ごしていたというのか。
初「……わかった……お前様は……我らをたばかったのだな!? 私を……私たちを……」
怒りと悲しみの入り混じった絶望感に全身が震えた。
▽つづきはこちら
偲「たばかってなどいない。ただ……」
初「聞きとぅない! お前様はあの魔性に囚われたままだったか! アレと共謀して、我らを亡き者にする気だったのだな!?」
刀を恋しい人間に向けた。
偲「それはない。おシズは俺が討つ」
初「なれば何故、冴牙を見殺しにした!?」
偲「……………………氷鎖女は………………」
濡れそぼった髪の水滴を払う。
初「!」
偲「滅べばよい」
初「何!?」
驚きに目を見開く。
偲「一人の命にすがらなければ存在できぬ一族など、滅べばよいのだ」
初「……そんな……」
偲「いつまでも過去の怨恨を引きずったシズは死ね。氷鎖女もなくなればよい。されば我が命も……」
初「偲……? お前様は……一体、何をするつもりなのじゃ?」
偲「……………………………………俺が、“滅ぼす者”となる」
収めていた刀を抜いた。
初「し……偲?」
偲「初、俺はな」
初「……………」
偲「ずっと……ずぅっと、考えていた」
初「何……を?」
一歩、二歩、後ろに下がる。
偲「それで。氷鎖女がキライだったとようわかった」
初「……っ!!」
距離を取って走り出そうとする。
偲がおかしい。
相変わらずの無表情。乾いた声で淡々と他人事のように言う。
この男は何だ?
何者だ?
呪われているのは、鎮ではないのか。
双子の片割れもそうなのか。
偲「やるべきことが見つかったと言える」
とうとう背を向けて走る初。
だがその前に刃が、白い百合を散らした。
初「……狂っ……てる……………………」
刀に貫かれ、初のしなやかな身体が傾く。
偲「……俺も」
口から血の塊が吐き出され、衣服を汚す。
偲「………………………………………そう、思う」
結んでいた黒髪が乱れ、濡れた地面に女が倒れた。ゆっくりと。
初「偲……偲……そんな……ああ……」
偲「俺は里に戻る。シズを殺ったら。あの世の入り口で待っておれ。里の連中を丸ごと送り込んで俺も逝く。そのときに詫びよう、お前には悪いことをした」
薄れゆく意識の中で、想い焦がれた男の気配が遠ざかるのを感じる。
信じられなかった。
信じたくなかった。
偲が、見知らぬ他人に見えた。
これは現実ではない。
あれは偲ではない。
無口で穏やかで優しい初の恋する偲などでは断じてない。
やがて本物の彼がやってきて、どうしたのだ、誰にやられたのだと自分を抱き上げて嘆いてくれるのだ。
カタキは必ず討ってやるぞと。
初は止めどなく溢れる涙に濡れながら、空中に手を伸ばした。
何もつかめるはずのないその手に何かが触れた。
声「……初? ……何故だ?」
初「あ、ああ……偲……来て……くれた……」
声「俺じゃないとすれば……まさか……」
初「やっぱり偲……では……なかっ……」
力のなくなった手で触れたものをしっかりと握る。
声「………………」
初「偲……」
声「どうした、初、誰にやられた?」
期待通りの言葉が帰ってきて、初はそっと微笑んだ。
やはり偲は偲なのだ。
いつだって気遣ってくれる。
それが特別な好意でなくとも初には嬉しかった。
初「カタキを……討ってくれる?」
声「……えっ、あっ……あの………………う、討つ。必ず」
急速に冷めてゆく手を、偲の温かい手が握り返してくれた。
初「偲……ああ、偲。私は……………………貴方に恋しておりました」
声「!」
初「ずっと……ずっと……貴方が……私を見てくれなくとも……」
声「……お初……」
初「……貴方の目がおシズにしか向いていなかった幼き日から……姫夏様にしか向いていなかった今日まで………………」
声「お……お初……しっかり……?」
初「報われずともいい…………どうか、それだけは知って欲しかった…………」
声「うん、うん……聞いた。しかと聞き届けた」
初「……………………偲……」
強く、これまでになく強く握ってくれた手に力を込められて、初は満足そうにすでに視力を失った目を閉じた。
……それきりだった。
つと、涙の一滴が伝って落ちる。
声の主……鎮はそっと手を離し、立ち上がった。
鎮「………………………………初が…………………………何故?」
『俺以外に…………?』
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