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レイディ・メイディ 61-16
2008.08.26 |Category …レイメイ 61話
それを見抜かれて兄には呆れられてしまったようだが、まだ誰も殺していないから自分が自然に死んだ後、兄が彼らと合流しても何とか立つ瀬もあるだろうと思った。
とかく身内びいきの強い氷鎖女一族だ。
偲の行いは万死に値しても、まだ知るのは4人。そして弟を思ってのこととなれば、目を瞑ってくれるかもしれない。
こんな鎮の考えを見抜いていながら、兄の方は飄々としたもので次は確実に仕留めようなどと口にしている。
兄は本当に、完全に自分の味方だという実感が遅まきながら降りてきた。
もう疑いようもない。
一族よりももっと近い兄弟を選んでくれたのだ。
嬉しかった。
ずっと疑っていたのに、本当だった。
▽つづきはこちら
奇跡のようだと思った。
肉親の絆が愛しくて愛しくてたまらなかった。
幸せであればあるほど、死の影が怖くなる。
ずっとこのまま兄の側にいられたら。
昔のようにいつも一緒に過ごすことができたら。
それが欲張りな願いだとわかっていても。もっともっとと次を望みたくなるのは人間の性だ。
鎮「あにさま、シズの側を離れないで下さいましね」
『……死ぬまで』
楚々と身を寄せる。
偲「他に……居るべき場所もなし」
鎮「約束して下され」
小指を差し出すと迷いなく、偲の小指がからんできた。
偲「………………」
鎮「指きりげんまん、嘘ついたら針千本、のーます……」
唄ってからめた指を外す。
鎮「あのなぁ、あにさま」
偲「ん?」
鎮「この約束……シズはな、今までに何度かしたことがありまして……」
偲「……?」
鎮「でもまだ守ってもらったことがなくて、みな、千本の針を飲んでいただきました」
偲「………………」
ぴくんと偲の表情が一瞬だけ引きつった。
鎮「ようやっと……約束を守っていただけるようで、シズは嬉しくてなりません。嬉しゅうて嬉しゅうて……この世の皆々様に自慢して歩きたいくらいでございます」
偲「…………はしゃぎすぎだ、それは」
鎮「ええ。だから、おとなしくしておりますとも。でも、ああ、嬉しや……」
小指に約束の糸でもつながっているかのようにうっとりと眺めて床にぺたりと座り込む。
偲「鎮」
背後からそっと声をかける。
鎮「はいな、あにさま♪」
偲「その方々とは、どのような……約束を?」
小指を見つめて背を向けたまま、
鎮「……聞いてどうなさる?」
偲「いや……」
鎮「……………………みな、同じでございまする」
少しの沈黙を挟んで考えていたが、やがて鎮が口を開いた。
鎮「ずぅっと一緒にいて下さると向こうから言って約束下すったのに、シズだけだと言って下すったのに……だから、シズもそのように………………なのに。なのに約束を破るから、……飲んでいただきました」
偲「千本の針か」
鎮「だって。そういう約束だもの」
偲「……俺にも、飲ませるつもりか」
鎮「あにさまは約束を守って下さるから関係ないでございましょう」
偲「それはそうだ」
鎮「気にしないで下され。戯れに付きおうていただいただけです。シズは繋がっていると思えると嬉しいのでございます。繋がっておればおるほどに……」
偲「お前の“約束”は怖いな」
鎮「そう……。だから、あまり約束はしませぬ。約束は束縛。束縛は絆……」
偲「………………」
今、弟の顔を覗いてはいけないと、偲は直感的に思った。
どんな表情をしているか、見なくてもわかる。
魔性むき出しの目をしているに相違ない。
約束を交わしてしまった人間の末路は、話からもう読めた。
鎮の魔性に惹かれて約束を取り交わし、背負う邪気と隠れた醜さに腰が引けて裏切った。
そして殺された。
この魔性の者に。
ただ殺されただけならまだいいが、ひょっとすると本当に針を飲まされたのかもしれない。
子供の頃とすっかり変わってしまった、気狂いの弟ならやりかねない。
マズイ約束をしたと密かに偲は舌打ちをする。
小指が見えない糸に絡めとられてそのまま千切られそうな錯覚を見て、拳を握り締める。
偲『………………』
誰よりもどろどろと黒々しく、そして生々しい感情を抱いていながら、教官であるときには表情を仮面で隠すと同じように蓋をして何食わぬ顔をしている。
生徒たちはこの教官を無味無臭と思っているかもしれない。
まさか。
気持ち一つで人を残虐に死に至らしめているなどと、誰が想像しようか。
何も知らずに生徒たちは、常軌を逸したこの男を師として信頼を寄せている。
彼の狂気は愛してくれる者にしか向かないのが幸いで、生徒を傷つけるようなことはないだろう。
現在、その狂刃を向けられているのは兄である偲にだけだ。
少しでも裏切るようなそぶりでも見せたら、大変なことになる。
だが、まだそれも完全ではないのが救いだ。
初を庇おうと一族を逃がす判断を冷静に行っている。
普段はこの養成所の教官として、狂気などおくびにも出してはいない。
狂っているのは底の部分だけで、まだ冷静さは多分に残している証拠だ。
そして、……甘い。
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