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レイディ・メイディ 第6話
2007.11.01 |Category …レイメイ 6-10話
第6話:初めての試験
ヒサメ先生の授業は退屈である。
これが学徒たちの間の共通認識。
抑揚と表情のない声が淡々と数字や理論を語ってゆく。
声からは感情さえ読み取れず、顔はいつもの額あてで隠れており、口だけがパクパクと動いている人形のようであった。
教え子たちと特別な関係を築こうとせず、授業が終わるやいなやさっさと教室を出て行ってしまう。
他から話しかけられなければ、自分から話しかけることはまずない。
他人と距離を置きたがるこの先生はつかみづらく分かりにくく、学徒に人気がない。
ときどき素でトボけているところが笑いを誘うので、嫌われているワケでもないらしい。
すぐにしどろもどろになるので、からかうと面白い先生というだけの認識しか持たれていない、影の薄い教官だ。
ウンコ合戦を繰り広げた時にかいま見せた裏の性格を知っている、メイディアとリクを除けば誰もがおとなしい教官だと思っている。
彼は元々、他人にものを教える教師よりも一人で研究室にこもって没頭する研究・探求者タイプの人間なのだ。
自分でもそれはよく承知しているつもりだった。
彼は人間が嫌いなのではないのだが、人と向き合うことを極端に恐れている。
できるなら、空気みたいな存在になって、人々の生活をただ見ているだけの生き物になりたい。
それで自分は好きなことだけしてその片隅で生きていられたならそれが一番いい。
一方で、人間社会に自然に溶け込んで皆のように普通に暮らす自分も夢見る。
本当はそれが一番の望みだが、それこそ叶わない妄想みたいなものだった……
遠い祖国を後にして流浪して流れ着いた先がここ、花の都・ローゼリッタ。
この地に来るまでに残した数々の業績から、すでに氷鎖女 鎮は貴族の中でちょっとした有名人になっていたのである。
その特殊な能力によって王宮の客人として迎えられていた彼には、別の才能を持ち合わせていた
ことを女王の知るところになり、現在の立場にある。
他人にものを教える柄ではないと始めは断ったものの、自分の培ってきた様々なモノを自分だけで終わらせたくないという欲求から結局受けることにした。
これは人前を嫌う彼にとってものすごく勇気のいる決断だったに違いない。
▽つづきはこちら
4月に新規登録した学徒たちが初めて受ける試験日が近づきつつあった半年目の月。
紅葉の美しい10月のことだ。
氷鎖女「えー……言い忘れていたが、来週の月曜日から一週間、試験があるでござる」
黒魔術の授業の最後にいかにもたった今、思い出しましたといわんばかりに氷鎖女がポツリと爆弾発言をかました。
学徒たち「エェ~ッ!?」
学徒たちが一斉に驚きと不満を含んだ声をあげる。
ジェーン「ちょっと待って下さい、それは学力試験ですか?」
ジェーンがクラスを代表して質問をぶつけた。
氷鎖女「えっと……黒魔術の実践も含まれてござる」
アン「そういえば……他のクラスの子とかもテスト、テストって騒いでいたのにウチだけ何もないのって変だと思っていたけど……」
男子「ちょっと待てよ、ふざけんなよ! 何でもっと早く言ってくれないんだよ!?」
氷鎖女「あの……あのな、あの……うっかり忘れていたでござる。でも、試験はいつものことをやっていればできるような、ごく簡単なモノだから心配無用」
男子「ったって、心の準備とか……事前に勉強とか……」
氷鎖女「付け焼き刃の結果ならいらんよ。ま、そゆコトで」
ジェーン「ハイハイッ! 実戦といわれても、私たち、まだ魔法を2つしか習っていません!」
氷鎖女「うん」
ジェーン「他のクラスはもっと沢山習ってます!」
学徒たち「そーだそーだ」
氷鎖女「あ、それで思い出した」
手をポンと合わせる。
氷鎖女「その他の組の者と対戦方式になるからそのつもりで」
今度こそ学徒たちは悲鳴に近い声をあげた。
黒薔薇志望の学徒を全て氷鎖女が請け負っているワケではなく、いくつかのクラスに別れてそれぞれ担当がついている。
学問の方は習いたいものを各々が専攻するのでクラスは関係ないのだが、黒魔術に関してはここにいる学徒たちは氷鎖女にしか習っていない。
他のクラスに聞くと今日は何々を習った今度は何という魔法を習うのだと進行が速くて嫌になるという話も聞くが、このクラスに至ってはまだ基本中の基本の魔法、それもたった2つしか教えられていなかったのである。
学徒たちのあせりももっともな話だ。
氷鎖女「たぶん、勝てる。……では」
無責任な言いようでそのままいつも通りに教室を出て行ってしまう。
他の連中が騒ぐ中、ほくそ笑む者もいた。
魔女の祖母に育てられたクレスだ。
クレス『皆が知らない魔法を使ってビビらせてやれ。ふふん、僕との格の差ってヤツを思い知らせてやるよ』
不安でざわめく教室を一人悠々と後にした。
ちょうど本日最後の授業だったために彼らの自由時間……もとい、生活時間に入る。
話をしながら裏の宿舎に戻っていく面々。
人数が多いので、風呂を先に済ませる者と食事を先にする者、部屋に戻る者とでそれぞれ別れて行動する。
ジェーンとアンを引き連れたメイディアがいったん部屋に戻ると他のメンバーもそろっていた。
ジェーン「あーん、レイ様聞いてよー! 私たち、来週からテストなんですよー!」
レイオット「私たちもそうだけど?」
クロエ「皆、一緒でしょ? ね、モーリー?」
モーリー「そうそう。緊張するー」
ジェーン「でもね、でもね、聞いて聞いて。ウチはまだ2つしか呪文を教えてもらってないの!」
アン「………」
クロエ「へー」
ジェーン「“へー”じゃなくて! 他のクラスはもっと色々習ってるんだからっ! どうしよう」
アン「これで落ちたらどうなるのかな…」
ぽつりと不安を形にしてうつむいたアンが床を見つめる。
ジェーン「やっぱり追い出されるんじゃない?」
アン「そんな……」
レイオット「まさか一度の試験で落とされたりしないわよ。一生懸命やれば」
それまで黙っていた、メイディア「やるからには勝ちます」
ジェーン「メイディア様…でもぉ~」
メイディア「ヒサメ先生はワタクシたちが気に入らないのですわ! だから教えて下さらないのよ! 全員不合格にするつもりなんです」
口を尖らせる。
クロエ「そんなコトないと思うよ? だって、全員落としたら先生も困るでしょ? それにヒサメ先生はそんな人じゃないと思うわ」
メイディア「どうしてそんなコトがわかるのかしら? 習ってもいない貴女に」
クロエ「習ってるわよ。学問の方で。私、あの先生の授業を専攻するようにしてるの♪」
ジェーン「も、物好きね……」
ゲッ…とでも言い出しそうな顔付きで一歩引く。
クロエ「フフフフッ」
『彼、絶対ニンジャよ。本に書いてあったのとそっくりだもん…。顔もまだ誰も見たことがないなんてミステリアス! そう、ニンジャは誰にも正体をしられてはいけないんだもんっ。だからああなのよ。素敵……素敵だわ、ヒサメ先生!!』
「フフフフフフフ。フフフフフフフフフフフフフフフフフ……」
クロエを除く全員『…こっ…怖い…』
メイディア「とにかく、やるからには絶対に勝ってやるんですから」
レイオット「それには同意だわ。私も必ず勝ってみせる」
メイディア「ええ。そして薔薇騎士レンジャーのように」
レイオット「そう。そして薔薇騎士レンジャーのように」
モーリー「うわ、また始まったぁ」
アン「うーん」
メイディア「素敵戦隊!」
レイオット「薔薇騎士レンジャーッ!」
二人は片手を斜めにあげて、互いの腕同士をクロスさせた。
いつの間にか出来上がっていた、薔薇騎士レンジャー大好きっ子な二人の合言葉&ポーズであった。
やった後でキャッキャッと喜んでいる。
アン「………気楽でいいな……」
ジェーン「ホント。まぁ、レイ様は余裕なんでしょうけど。だって、こっそり訓練見に行ったことあったけど、他の人なんか目じゃないくらい強いんだもん」
モーリー「私、フェイト君をプッシュ♪ でもレク君もカワイイなー」
アン「…………」
黙っているが、同じクラスのリクを思い浮かべているアン。
レイオット「よぉし、ご飯を食べに行きましょう、薔薇騎士ブラック」
メイディア「よろしくてよ、薔薇騎士レッド」
すっかり薔薇騎士レンジャー気分の二人は、そろって食堂に向かう。
その後を例の3人娘もついてゆく。
クロエはというと、まだ妄想に酔っており、気がついたら誰もいないのであわてて食堂に向かって駆け出した。
途中、人にぶつかり、転びそうになりながら…。