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レイディ・メイディ 53-5
2008.07.22 |Category …レイメイ 52-54話
具体的にどうしたらいいのか何を求めているのかは自分では上手く言い表せないのだが、リクは氷鎖女という個人に酷く執着している。
ただ振り向いて欲しいと思う。
めったに笑うことのないあの鉄仮面がふいに口元をほころばせると、ひどく嬉しく感じる。
だからもっと微笑ませてみたいと思う。
張り巡らされた壁を取り去ってしまいたい。
何を考えているのか知りたい。
本音を言えば、隠れた素顔も見てみたい。
以前、魔物の吐き出した液でマヌケにも二人で引っ付いてしまったときに素顔を見られるチャンスがあった。
そのときに心が動かなかったといえば、それは大嘘だ。
本人が隠しているから無理に剥がしてはいけないと思っただけで、周りの生徒たち同様、関心は非常に強かった。
▽つづきはこちら
リク「同郷の……兄弟じゃないと、ダメなのかな……俺じゃ」
初めは深く敬愛する父親と同郷であったことから親しみを感じていた。
身寄りがないリクは亡くなった父に重ね合わせて、頼りたい気持ちが働いていた。
それだけではなく、型破りな考え方から、それを納得させる力量、神童と呼ばれたリクを軽くいなし、超越する頭の回転の速さ。
どれをとっても敵わないと思わせてくれた追いかける対象なのだ、リクにとっては。
けれどその彼は何も語ってくれない。
知っているのは、東の海の果てから来たこと。
間違ってこの国に来てしまったこと。
故郷には優しい親兄弟がいること。
それさえもリク以外は知らない様子だから、ひょっとしたら他の生徒たちよりも近しいのかもしれなかったが、心の内側まで見えたことがない。
自らを語らない氷鎖女にリクは自分と同じ孤独と闇を感じていた。
果てのない寂しさから救ってあげたい。
それがリクの願い。
メイディアやクレスを構うのも似たような理由から。
リクは寂しい人間に敏感だった。
リク「先生……ヒサメ先生?」
ノックして何度か呼んではみたが、応えが返ってこない。
リク「先生……シズカ……シズカ?」
敢えて名前に呼び代えてみたが、やはり反応はない。
リク「もし……もしも本当に病気か何かで苦しいのなら、いつでも言って?」
氷鎖女「……言ったら、どうしてくれる?」
もう返答はないものとあきらめかけた頃、まさかの返事が戻ってきた。
リク「どうしてって……」
氷鎖女「お前様が助けてくれるのか?」
リク「それはえっと……」
氷鎖女「ホラな」
リク「お、俺は白魔法使えないけど、いい医者をきっと見つけるよ!」
氷鎖女「ふふっ、いい医者か……。何をそんなに真面目に受け取っておるかは知らないが、冗談だ。本当に何もない。心配は無用。少し、忙しいだけでござるよ。頼まれごとがあってな」
相手のやや明るい口調。それでリクはほっと息をついた。
いつもこうやって最後には安心する言葉を与えられる。
だから、見逃してしまう。
気づきようもない、ささやかなサインを。
リク「シズカ、聞いて、シズカ」
開かない扉に向かって、もう一度呼びかけた。
氷鎖女「聞いておるよ」
リク「シズカ、俺は……俺はシズカの味方だよ」
氷鎖女「………………」
また返事がなくなった。
けれど今度は辛抱強く待つことにした。
甲斐あってか、しばらくしてまた反応が戻る。
氷鎖女「……味方? 何から味方してくれるの?」
リク「……わからない。でも、あらゆるものから」
氷鎖女「………………」
リク「だから、何でもいい。些細な不安でもいいんだ。何かあったら、俺に……」
氷鎖女「わかった。わかったから、次の授業に行き」
探るような口調から、日常のように促す声に戻っている氷鎖女の、男性にしては軽い声。
リク「本当に平気なんだね?」
念を押す。
氷鎖女「くどい。仕事がはかどらぬわ。またレヴィアス殿に叱られるよ」
リク「う、うん、わかった。ごめんよ、邪魔して」
会話が出来た。
自分に受け止める心づもりがあることも伝えた。
向こうが真面目に受けてくれているかどうかが気がかりだったが、少しでも気持ちの支えになることができたならいいと思って部屋の前を離れた。
一方、室内の氷鎖女は会話が億劫になるほどの眩暈と吐き気に襲われて、ドアに背をつけてしゃがみこんでいた。
足を投げ出して力なく。
口から吐き出した血の塊で押えた手と衣服が汚れていた。
氷鎖女「あらゆるものから味方してくれると……? ははっ……嘘ばっかり言ぅて」
縦になっているのが辛くなり、ズルズルと崩れて床に転がる。
氷鎖女「みんな、同じことを言うんだから……口先ばっかり……」
出会った人間が口をそろえて言ってくれる。
哀れで可哀想な鎮に。
貴方の辛かったこと、全部話して。
私なら受け止めてあげられる。全てをゆだねて。
貴方の背負うものを半分わけて欲しい。私も一緒に背負っていきたいの。
悲しみは一人で抱えないで。貴方には助けが必要なのよ。
私にはお前が必要なのだ。お前さえいてくれればいい。
血の契りをしよう。私の命をお前に捧げてもいい。
心を見透かしたように与えられる、最も欲しかった言葉。
でもそれに甘えてはいけない。
最後には必ずしっぺ返しが待っている。
素顔を見て悲鳴を挙げられたように、一瞬にして手の平を返され否定されたように、信じて罪をかぶせられたように。二人の間に通じた情がなかったことにされたように。
差し伸べられた手には決してすがってはいけないのだ。
それは触れたが最後、消えてなくなる幻だから。
氷鎖女「親切心はもう沢山。もらい過ぎて飽いたわ」
額当てがずれて、期待することに疲れきった金色の瞳が覗いた。
血に濡れた手を開いて眺める。
幼き日に母に手をつないで欲しいとどれだけ願ったか。
けれど母は決して触れてはくれなかった。
汚らわしいこの手には。
兄の手は取っても、自分の手は握ってくれたことなどない。
他の子供と同じように、兄と同じように手を引いて歩いてもらいたくて、仕方がなかった。
だから、そっと後ろから近づいて手を取ろうとした。
けれど母は悲鳴を上げて振り払ったのだ。
すぐに取り繕って「ああ、驚いた」と笑った母の引きつった顔が今も胸に痛い。
改めて手を差し伸べてはくれたが、もう、触れる気にはなれなかった。
後になって水で洗い流すであろう母を見てしまったら立ち直れない、そう思ったから。
何がそんなにいけないのだろう。
醜いというだけで。
ぼんやりとそこまで考えて、開いた手を握った。
いつまでも自分を哀れんでいても仕方がない。
誰が慰めてくれるわけでもないし、ばかみたいだ。
床に手をついて、ゆっくりと身を起こした。
先程までの眩暈と吐き気が収まっている。
いつも通りに気持ちを切り替えて、汚れた手を布でふき取り、先日行った小テストの採点を始めた。
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