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ゼロのノート

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レイディ・メイディ 第53話

第53話:繋がらない、手。
「鎮なんか大嫌いだ。鎮なんかいらない。鎮なんか消えてしまえ。鎮なんか……………………死んじゃえ」
いつもつないでいた手が離れた。
 半分本気で、半分はイジワルだった。
 兄と弟といっても、同時に生まれた双子だったから。
 精神的に差がなかったし、どちらも子供だった。
 鎮は偲のお荷物に違いなかったけれど、偲は決して、鎮が嫌いではなかった。
 嫌いなときも沢山あったけど、それは鎮が悪いのではなく、環境が悪いのだ。
それを承知してても、まだ10歳だった偲である。
耐えられなくなるときだってあった。
 それでも口にしてはならない言葉があったのに。
 
死んでしまえ。
 
 そう怒鳴りつけると、弟はいつものように素直にうなづいて、二度とは戻ってこなかった。
 
……はい、あにさま。
 
絶望を宿す、悲しくひきつった微笑を残して。
 
 

▽つづきはこちら

 明け方。
 厳重な警備が敷かれているはずのエグランタイン城に命知らずの盗人が忍び込んだ。
 それも挑発するかのごとく、城の主の寝室から妾を盗むという大胆な犯行である。
 兵士の追撃もなんのその。
 槍で衝かれようが、剣で斬りつけられようがお構いなしに前進する。
 彼の者の身のこなしは尋常ではなく、あっという間に建物の外へ。
 美女を抱いて城壁の上を身軽に走る大男に向かって、公爵が魔法を放った。
 
ダンラック「お馬鹿さんですねぇ。私の持ち物に手をつけるとは」
 
 だが、城壁ごと吹き飛んだと思っていた男は、無傷で煙の中から姿を現した。
 
ダンラック「なんとっ!??」
 
 全身を包んだ長いマントを翻して、とうとう侵入者は城壁の外へ。
 
ダンラック「逃がしてはなりません! 必ずや私の前に引きずってくるのです!!」
 
 奮戦むなしく、結局、男も美女も見つからずじまい。
 その夜、同時刻。
 エグランタインから約400キロ離れたとある建物の中に犯人の黒幕はいた。
 目を閉じ、座った姿勢のまま、誰もいない暗い部屋で彼はさらった美女に語りかけた。
 
黒幕「心配するな、女。とって食ったりはせぬ。ただしばらくの間、神隠しに遭っていてくれればよい。そしたら自由にしてやるから、逃げ出そうとするな。逃げれば殺さねばならぬ」
 
 男に抱きかかえられた女は恐る恐るうなづいた。
 
黒幕「すまぬな、恐ろしい思いをさせて。ちょいと頼まれごとがあってな。それが済めば、そなたらに用はなくなる……」
女「私……たち?」
 
 複数形であることを聞き逃さなかった女は、巷で騒がれていた花嫁誘拐事件の噂を思い出した。
 彼女たちも無事だということか。
 けれど、自分は花嫁などではない。
 誰かに間違われたのだろうか。
 森に身を隠したところで、男は女に薬をかがせ、眠らせてしまった。
 
黒幕「面倒なことよ……」
 
 盗んだ女たちはエグランタイン領地から10キロほど離れた廃墟の町に囲われている。
 そこには彼女たち以外に人間はいなかったが、食料はあの男が運んでくるので生きていくための心配はなかった。
 男はどんなに走っても息を切らせることはなく、口を聞かず物を食べない。
 魔物というよりは生の気配のない、人形のようだった。
 
 
 ワイズマン公爵領・エグランタインでは新年早々、事件が起きていた。
 花嫁が怪人にさらわれるというものだ。
 この手の事件はエグランタイン領内では珍しくないことだったので、表立って騒がれはしなかったが、嫁入りを目前とした娘がいる家庭は戦々恐々としていた。
 誰もが好色家の公爵が美女狩りをしているのだと思っていたのだ。
 城に上がって帰ってきた女はいない。
 連れて行かれたら最後、死んでも戻れないともっぱらの噂だった。
 しかし、今回に限っては公爵の仕業ではなかった。
 なんと公爵の妾まで盗まれたのである。
 自分がいるに関らず城にまで侵入して盗んだと、怒りに猛り狂った公爵は早速、花嫁怪盗を捕えよと通達を出した。
そこで怪しい者として捕えられたのが人の異邦人である。
 だが、捕えられてきたというよりは、自ら乗り込んできたという方が早いか。
 捕まって城壁内の広場に連れてこられたところで、縄をいともたやすく外して見せたのである。
 敢えて逮捕されることで公爵に近づいたのだった。
 中でも小柄で癖の強い髪質の男が、いやらしい笑みを張り付かせてこう言った。
 
小柄な男「公爵さんよぉ。花嫁泥棒だなんてとんでもねぇ濡れ衣だぜ。俺たちが目的としているのは、男だぁ。そいつを殺せばもうこんな所に用はない。とっととズラかるぜぇ」
ダンラック「お黙り。怪しい奴」
 
 周りを兵士に囲まれても平然と、リーダー格らしき中年の男は腕を組んでいる。
 
中年男「申し訳ござらんが、公爵。貴方がお持ちの軍隊では我々をどうすることもできませんぞ」
 
 この言葉にダンラックの怒りの温度が上昇。
 
ダンラック「フォッフォッフォ。面白いことを言いますねぇ」
中年男「試して下すっても構いませぬが?」
ダンラック「……では、そうしましょう」
 
 公爵の合図で兵士たちが一斉に槍を突き出した。
 
中年男「………………」
 
 リーダー格の男は身じろぎせずに腕を組んだまま立っていたが、あとの4人が一瞬にして消えた。
 次の瞬間には、エグランタインの兵士が首から血を噴出してばたばたと絶命していく。
 あっという間の出来事で何が起こったのか理解する前に。
 そして、ダンラックののどにヒヤリとした冷たい刃物の感触が。
 
ダンラック「ほっほーう。これはスバラシイ」
 
 背後には背の低いクセ毛の男がいた。
 装着した鉤爪が公爵の命を握っている。
 
中年男「どうですかな、公爵。我々を雇ってみては?」
 
 血に濡れた広場で、悠々と売り込む男。
 その周囲に残りの3人が集まった。
 巨漢と若い男女である。
 
ダンラック「このようにしてまで私に会いにきたということは、貴方がたにも何かあるのでしょうねぇ?」

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