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ゼロのノート

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レイディ・メイディ 第49話

第49話:またまたまたまた恋の予感?!

 所変わって、しばらく前のシャトー伯爵家。

 16になった一人娘の連れ合いとなる公爵から、肖像画が届いた。

 軍服に身を包んだ肉……ではなく、公爵の絵だ。

 

伯爵「公爵様の肖像画か。これはロビーに飾って家宝にせねばなるまいな。我がシャトー家の栄光の御印だ。まさか我が家に白羽の矢が当たるとは」

 

 シャトー伯爵は満足げに眺めている。

 しかし伯爵夫人の表情は曇りがちだ。

 

伯爵「どうしたね?」

夫人「この公爵様のなんと醜いこと、醜いこと」

 

 細い眉を寄せて、扇で顔を被う。


▽つづきはこちら

 

伯爵「な、何ということを言うんだ!」

夫人「家の中では誰も聞いておりませんわ。脅える必要などございません! しっかりなさって貴方」

伯爵「しかしだな」

 

 つんと冷たくはねのけられて、伯爵は鼻白んだ。

 

夫人「あの子はまだ恋という恋もしたことがなかったのに、やっぱり……急がせ過ぎたのかしら」

伯爵「今更、何を言い出すのかと思えば……。君が望んだ縁談だぞ!?」

夫人「わかっています! わかっていますけど……」

 

 思っていたよりも公爵が醜いので、いささか哀れになってきたのだ。

 

夫人「あの子には、女としての教育をまだ何もしていません。結婚したらどうなるかなど……きっと、ただ親元を離れて相手方と一緒に暮らすだけだと思っているでしょうね」

 

 性に関する俗世的なものは徹底して排除してきた。

 子供がどうやって生まれてくるかも彼女は知らないでいるのである。

 ひょっとしたら、未だに子供はコウノトリが運んでくるものだと思っているかもしれない。

 

伯爵「……確かに。早く連れ戻して、花嫁としての教育を急がねば。公爵様はもう御年60も過ぎた方だ。その辺はちゃんとリードして下さるかとは思うが」

夫人「60と16……はぁ。せめてお相手が公爵様のお孫さんであれば、まだ年も近かったというのに」

伯爵「いい加減にしなさい。シャトー家のためだ。公妃になれるのに何が不服なものかね。ドレスや宝石に囲まれて、すぐに気に入るさ」

夫人「……女の幸せは……ドレスや宝石だけでは満たされません。殿方である、貴方には到底わからないでしょうけど!」

伯爵「君がナーバスになってどうする」

夫人「私はこれでも花嫁の母です」

伯爵「私だって、あの子の父だ。しかしもう、ここまできてやはりお渡しできませんとは言えないだう。君は寂しいだけだ。メイがいなくなってもシラーブーケが来る」

夫人「……………」

伯爵「シラーブーケは君のお気に入りじゃないか」

夫人「お気に入り? 貴方が囲った女の娘ですよ!?」

伯爵「いつも褒めちぎっているのは君だぞ。メイではなく彼女が本当の娘であるような気がすると。そうだったら、どんなにかよかったかと」

夫人「そこまで言ってませんわ! 確かに、シラーは良い子です。ですから、この家に来たあかつきにはメイと遜色ない愛情をもって接するつもりですわ。本当の娘として扱います。いけないのはマルガレーテと貴方であって、シラーではないのですからね!」

伯爵「……う。だ、だったらいいじゃないか。メイのことはあきらめなさい」

夫人「わかっています。わかっていても、メイとシラーは別の子です。二人とも私の愛しい娘なのです」

伯爵「君は一体、どうしたいんだ!?」

夫人「いいえ! どうもしませんわ。ただ……ただ不憫でたまらないだけです。私は間違った選択をしてしまったのではないかと……大それた肩書なんてなくてもいい、せめてあの子の年に合った相手を選ぶべきではなかったかと」

伯爵「では勝手に懴悔でも何でもしていればいい。決定したときはあんなに喜んでいたのに……まったく、なんて母親だろうね、君は! すでに決まったことなら、後悔よりもこの先、彼女が向こうで困らないために、幸せと思って暮らせるためにはどうしてやったらいいかを建設的に考えるのが先決だと私は思うがね」

 

 嘆きの母親を無視して父親である伯爵は、長年勤めているメイディアの教育係を銀の鈴を振って呼び付けた。

 

伯爵「ばあや。私が……いや、彼女が急病だという手紙を書かせてくれ」

 

 やがて腰の折れ曲がった老婆が荷物を受け取りに現れた。

 

ばあや「奥様が急病?」

伯爵「そうでもしないとあの子は帰って来ない。この縁談を嫌がって養成所に逃げ込んだのだからね」

 

 浮かない顔の妻をちらりと見やってから言った。

 

ばあや「……………」

伯爵「私などよりも母が病だという方が、アレには効くだろう。戻って来たら、一切、外には出さないように。頼んだよ?」

ばあや「は、はい……」

   『……お嬢様……』

 

 まだ確認したいことがあると伯爵は屋敷を出て馬車に乗ってどこかへ行ってしまった。

 夫人の嘆きを聞くに耐えなかったのかもしれない。

 

夫人「……あの子は、薔薇の騎士団養成所で何を学んだでしょう」

 

 窓の外を見つめたまま、夫人は背中に向かって問う。

 

ばあや「きっと、素晴らしい経験をお積みになったと思います。一生のお友達、世の中の厳しさ……それはどれをとってもお嬢様にとって、かけがえのない生涯の宝物となるかと存じます」

 

 ゆっくりとした口調で背の曲がった老婆が答える。

 

夫人「そうですね………養成所も、悪くなかったかもしれません。気味の悪い子でしたから、向こうで周りにご迷惑をかけているのではないかと思うと恥じ入りたい気持ちもありますが」

ばあや「気味が悪いなどととんでもございません。お嬢様はお寂しく、変わったことをしてお気を引きたかっただけでございますよ、奥様」

夫人「……………」

ばあや「お嬢様は、奥様と旦那様を愛されておいでなのです」

 

 寒さで深みを増した青空につがいの鳥が飛んで行く。

 この世に辛いことがあるなんて知らないかのように仲むつまじく。

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