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レイディ・メイディ 31-11
2008.04.17 |Category …レイメイ 31・32話
現在は養成所でおとなしく生徒達のオモチャになっているけれど、本当のところ、人殺しで盗っ人で軽薄だ。
他者の命に重みを感じられず、奪うことにためらいがない。
試験中に捕虜を殺そうとして、クロエに半ば絶望的な瞳で見つめられてしまうような人間なのだ。
他人様から慕われるような人間では決してない。
だから戸惑う。
変に懐いてくるリクやクロエに。
自分は慕われるような人間ではないのに…………
けれど氷鎖女とてリクの気持ちはわからなくはなかった。
自分だって同郷の匂いを感じれば懐かしくて寄っていきたくなる。
好きで故郷を離れたわけではなかったから尚更。
チェスではない将棋だって、今目の前に相手がいてくれて嬉しいのだから。
そういう心理もあって、リクが自分に父の影を重ねたいのなら、しばらくはそのまま放っておいてもよいと思っていた。
▽つづきはこちら
そのうちに勝手に幻滅するなり、何かが違うことに気が付くなりして自然に離れていくだろうから、まぁ、それまでの間くらいは。
勘違いを深めるマネだけはしたくなかったので、敢えて父親を演じようなどとは思わないが。
演じるにしても、鎮が唯一知っている“父親”というのは、一歩離れた位置から哀れみと侮蔑を込めた冷たい目で見下してくる、竦み上がるような存在でしかなかったから、演じようもないのが本当のところだ。
リク「先生もお父さんに習った?」
ふいに尋ねられて、顔を向ける。
氷鎖女「……あにさまに」
リク「へぇ、お兄さん」
兄がいると想像していなかったのだろう。少し驚いたそぶりを見せる。
リク「お兄さん、会ってみたいな。似てる?」
ぱちん。
負けた方からというので、先に一手目をリクが打った。
氷鎖女「似てない。会うことも不可。遠くて、とても……な」
首を横に振り、氷鎖女も一手目を迷わず盤上に置いた。
遠くて、とても。
それは隔てた距離だけの話ではない。
村を捨てた彼の行為は万死に値する。兄には会いたかったが、今更おめおめとどうして帰れようか。色んな意味で、故郷は遠かった。
リク「なぁんだ、残念だな。会ってみたかったのに。……ってことは一人で渡ってきたってこと? 先生はいつこっちに来たの?」
氷鎖女「……忘れた。昔。……たぶん……10年前とか……そんくらい」
リク「故郷にはそんなに長い間いなかったんだ。意外。それじゃもうこっちが第二の故郷みたいになってるんだねぇ」
また駒を進める。
氷鎖女「……故郷? ……そんなふうに思ったことはない……わ」
リク『……わ? また、わ?』
序盤はどちらも打つのが早い。
迷いもなく交互に駒を詰めてゆく。
リク「気に入ってないなら、どうしてこっちにわざわざ渡って住んでるの?」
氷鎖女「迷ってたどり着いた先がここだっただけ」
適当な答えだが、これは本当だ。
来たくて来たわけではなかった。
故あって、故郷から一人で逃げ出し、港に着けてあった船に紛れ込んでみたらそれが貿易船で、こんな遠い大陸まで運ばれてしまったという間の抜けた話なのである。
特別に選んでここにいるのではない。
リク「ふぅん?」
氷鎖女「質問の多い奴でござるな」
リク「ダメ?」
氷鎖女「別に」
リクが質問して、氷鎖女が短く返す。
こちらでは知られていない、チェスに似た将棋というゲームを通して、リクはこの教官室にしょっちゅう出入りしていた。
将棋は囲碁と並んでリクの父や氷鎖女の故郷ではごく一般的な遊びで、子供から大人まで知らないものはいないというほどポピュラーなゲームだ。
ルールさえ覚えれば誰にでもできるが、極めようとすればどこまでも奥が深い。
相手の手の裏の裏を読んで、自分の有利に盤上を支配しなければならない。
駆け引きがものをいう心理戦遊びである。
氷鎖女にしても西の大陸にやってきてからというもの、将棋の相手がおらずに退屈していたところだ。
将棋の相手といったら半分、同郷の血を持つリクに限り、彼の訪問は……イジメられさえしなければ……、好敵手として歓迎なのだ。