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レイディ・メイディ 38-5
2008.05.07 |Category …レイメイ 36-38話
氷鎖女「ニケ殿が疑うようなことは何も」
遮ってもなお布地を貫く夏の日差しが室内を薄明るく保つその中で、以前、試験で見たとおりの白く陰気な素顔が現れた。
少ない瞬きから辛うじて生き物であることがわかるが、黙っていられたら蝋細工の人形と区別がつかないかもしれない不思議な顔立ちだ。
そうお目にかかれない、冷やかな印象の美形。
少年なのか少女なのか。
それさえわからない中性の存在。
これをどうして隠さねばならないのか。
氷鎖女「ニケ殿がご老体ということは、誰かに聞いたものかと。覚えておりませぬ。ただそう思っておっただけでございますれば」
観察の目を逃れてうつむくと漆黒の髪がさらさらと流れて顔を覆う。
▽つづきはこちら
ニケ「自然に見破ったということじゃな?」
氷鎖女「さて、それは本当にいつからと覚えがないもので。……しかし……いや……。……そうやも、しれませぬ」
ニケ「…………………………」
氷鎖女「それからその、女子と申されますが…………………………失礼ながら、それはニケ殿の思い違いにござる。この通りの小男でござるし、恥ずかしながら齢ばかり成人しても見かけがまだそれについてゆかず。言われますように、女子と間違われることも時には」
恐縮したように縮こまる。
ニケ「では隠し立てなどは?」
氷鎖女「一切」
「疑いになるのであらば、着物を脱いで見せても構いませぬが」
襟元に手をかける。
それを押し止めて、
ニケ「そこまでしなくとも」
氷鎖女「…………この包帯は、まぁ……怪我と思うて下され」
今度は右に視線を感じ、聞かれる前に答えた。
ニケ「ではもう一つ。何故、カーテンを?」
氷鎖女「……目が。生まれつき視力が弱く。強い光はちと辛い」
もうこれでいいだろう。再び額当てを手にとる。
ニケ「顔隠しと光を遮るための鎧か」
ニケの出した結論に額当てを付け直した氷鎖女が小さくうなづく。
“白い蝋細工だったモノ”が、いつもの“額当てを含む、ヒサメ先生の顔”に戻ってしまうと部屋の中の空気まで緩んだ気がした。
止まっていたと感じていた空気の動きが日常に戻り、穏やかな昼下がりの時を刻み始める。
彼が隠した鑑賞用のような素顔は、仄暗く薄ら寒い印象を与えていた。
自分は、いや、たぶん皆、同じようなモノを知っている。
…………ニケ老人は思った。
それは命を奪った後の血のついた刃物であり、白くふやけて水面を漂う魚の死骸であり、汚染されて使い物にならなくなった饐えた臭いの土であり、割れたガラスの破片であり、綺麗な女の死化粧のようでもあった。
ありとあらゆる負が中に込められている……!!
氷鎖女「…………ケ殿? ニケ殿!!」
呼ばれてハッと我に返る。
一瞬、自分は何を見ていたのか。
ニケ『…………忘れた…………。今、ワシは何を考えておった?』
氷鎖女「ニケ殿?」
ニケ「あ、うん。いいんだ。ゴメンよ、いらない詮索なんかして」
声色も口調もいつもの通りに戻し、努めて明るく振舞った。
ニケ「じゃあ、この話はこれまで。それで早速、ナツメになってどうするかだけど…………」
氷鎖女「その話こそ終わりでござる!!」
もうほんの少し前の探りあいの雰囲気はどこにもなく、完全に廊下で騒いでいた二人になっている。
老人も、美少年もどこかへ消えてなくなってしまった。
氷鎖女「絶対にバレまする!!」
ニケ「ヘーキだよ、バレないって♪ だって学徒は誰一人としてヒサっちの顔を見たことがないんだよ? 似てるって言われても違うで通せばそれっきりじゃない」
氷鎖女「部屋は? いつもどうしておらぬのか、そのようなことを聞かれては、ソッコー言葉にどん詰まりだわ!!」
ニケ「どうとでもごまかせばいいよ」
氷鎖女「んな無責任な。嫌でござる。だいたい、そのような手の込んだマネをせぬでも、クロエに一言、姫のための人形を作るから手本となっとけと言えば済むでござろうが」
ニケ「うん、言えば喜んで………………イジメにくるだろうねぇ。いいチャンスだもんねぇ。あーあ、良かったね、クロエ。ニンジャ捕まえることができて」
氷鎖女「……うぐ……!!? ぬおぉぅ!!?」
痛い所を突かれ、頭を抱えて悶絶。
ニケ「けど、できれば自然な姿をとらえて欲しいんだ。クロエにそれ言うと調子こいて下手なおめかししたり、果ては色んなわざとらしーポーズとりそうだし」
氷鎖女「……い、言えてる。あやつはそういう生物でござった」
ここぞとばかりにやらなくていい、似合いもしない自己満足モデルポーズをあれこれ決めて、しかも落ち着きなくチョロチョロしそうな彼女が容易に想像できて、深くため息をつく。
ニケ「それにまぁ、クロエには姫に似てるからどうこうってあんまり言いたくないんだよ。できれば内密に事を済ませたいワケ」
何故かと問われる前に、身代わりだと思わせたら可哀想だと答えておいた。
身代わりも何も本人なのだが、一介の人形師なぞに真実を話す必要などない。