レイディ・メイディ ２５－１１

アン『何よ、偉そうに…………私だってわかりっこないもん。大丈夫よ、知らん顔していれば』

 

　自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。

　水を頭からぶちまけられて、嘲笑を浴びせられ、犯人の正体も分からない。

情けなくなって泣きながら戻ってくるのではないかと期待に胸を膨らましていたが、そうはならなかった。

　もし自分が同じ目にあっていたら、きっと泣き出して周りに慰められていたに違いない。

　そう思ったらどこかで負けたような気がして悔しくなった。

 

アン『泣けば良かったのに』

　そしたら、嗤ってやったのに。

氷鎖女「いちいち騒がんでもいいから。着替えてくればよかろ」

メイディア「いいえ、結構。授業を再開なさって」

 

　濡れたまま、どっかと椅子に腰を下ろす。

　１年経ってなんとなく隣が定位置となってしまったリクが声をかける。

 

リク「風邪ひくよ？　体調管理も大事な騎士の条件だと思うけど」

メイディア「心配後無用。…………でも、そうね。髪くらいはふきとりましょうか」

リク「……………………うん、それがいいと思う……よって、何で脱がすかな」

 

　当然のようにひっぺがされるリクの上着。

 

メイディア「女性が濡れていたら、ハンカチーフをそっと差し出すのが紳士のたしなみです」

 

　早速それは、髪の水滴を拭きとるためのタオルとして使用された。

 

リク「ハンカチ違うし」

メイディア「細かいことを気にするものではありません」

リク「うーん、断りなし。容赦なし。遠慮なし」

 

　クレスの方に視線を投げて苦笑い。

 

クレス「少しは怒れよ」

 

　あきれて肩をすくめる。

 

犯人の女学徒たち「なぁに、アレ。これ見よがしに……」

　　　　　　　　「どうする？　あのメイディだもん。何か絶対仕掛けてくるよ」

　　　　　　　　「大丈夫、私たちだってバレやしないって」

 

　会話に気が付いて、

 

ジェーン「ちょっと、アンタらなの？　ずいぶん思い切ったマネするじゃない」

アン「……えと……」

 

　申し訳なさそうに首を縮める。

 

ジェーン「いいわよ。別に言い付けようってんじゃないから」

 

　そんな小さなしゃべり声を耳に挟んだシラーは、自分の計画が形を成してきていると満足した。

　メイディアに敵愾心を持っている輩は多い。

だが、常識人なら誰しも自分から仕掛けて悪者になりたくはない。

　そうでなくとも相手の強気に押し負けてしまって、泣き寝入りが関の山。

　だが、そんな連中に大義名分を与えればどうか。

　決して自分たちの復讐心だけではない。

可哀想なシラーを助けてあげるのだ。

心ないメイディアには少しお仕置きが必要じゃないか。

　自分たちの行動を正当化できるきっかけさえあれば、彼らはここぞとばかりに残酷に、攻撃的になれるのだった。

　それらは彼らが勝手に動くのであって、シラーが指示したことではない。

　だから与り知らぬところで例え何が起ころうとシラーの知ったことではなかった。

 

シラー『私は予想していただけよ。知らないからね』

 

　静かに席を立って、メイディアの隣に足を運ぶ。

 

シラー「ダメよ、メイディア様。皆が心配するわ。私も一緒に行くから、さぁ、お部屋で着替えましょ」

 

　そっと手を差し伸べた手は、案の定、はねつけられた。

 

メイディア「結構！　誰もワタクシの心配など致しません。白々しいお芝居はそこまでにしたらどうかしら、シラーブーケ」

シラー「お芝居だなんてそんな……」

クレス「いい加減にしろよ、メイディア。シラーは……その……まぁ、どうでも……いいけど……」

 

　すっかり丸め込まれているクレスが少し口を挟んだが、自分の人と関わらない性格……いや、自ら作り上げてしまったイメージに縛られて先は続けられなかった。

　けれどシラーにはそれで十分、自分側にクレスが落ちてきたことを確認できた。