HOME ≫ Entry no.80 「レイディ・メイディ 12-4」 ≫ [86] [85] [84] [82] [81] [80] [79] [78] [77] [76] [75]
レイディ・メイディ 12-4
2007.11.17 |Category …レイメイ 11-13話
氷鎖女「おい、そこの。椅子に座れ」
アゴで椅子を示して棚から瓶を一つ取り出す。
クレス「?」
自分の方を向いていたので、おとなしくそれに従う。
氷鎖女「遊びに来たのではなかったな。用件を聞こう」
瓶の蓋を開けて指先で中のクリーム状の物をすくった。
クレス「なんで僕があんな成績なんだよ。勝ったのにおかしいじゃないか」
氷鎖女「勝ち負けだけではないと言うたろが」
人形に切りつけられた左耳と頬に指ですくったクリームを塗り込む。
▽つづきはこちら
クレス「痛て」
氷鎖女「これ、動くでない」
クレス「………………」 おとなしくなる。
『……ばあばと同じ匂いだ……』
この匂いは知っている。
よくクレスがケガをして帰って来たときに祖母が塗ってくれた薬の匂いだ。
薬草を知り尽くしていないと作れない塗り薬。
家に帰ると薬草の入った大きな鍋をかきまぜている彼女が背中越しに「おかえり」と言ってくれる。 そうやっていつも作っては村の人々に分け与えていた薬の匂いは古びた家に染み付いていた。
幼い頃から幾度となく世話になっていた薬だが、常備されているのが当たり前だと思っていたクレスは作り方を習おうとはしなかった。
煮詰めている時のあの匂いが嫌だったし、自分が他人のために作ってやるなんてまっぴらごめんだと言い張っていたのだ。
いつかは祖母もいなくなると理屈ではわかっていたのに、それでもこんな日々がいつまでも続くものだと漠然と思っていた。
そして誰もがそうであるように老いによって祖母はこの世から永遠に姿を消したのである。
クレス一人を遺して。
もう二度とこの独特な香りを嗅ぐことはないと思っていたのに、まさかこんな離れた地で再会することになろうとは。
祖母が亡くなって1年も経っていない。
この養成所にくる少し前のことだった。
亡くなってすぐにこの養成所を目指したのだから。
強がってはいてもまだ思い出にできず、くすぶっている想い。
あんなに慕った彼女はもうこの世界のどこにもいない。
彼は天涯孤独の身なのだ。
優しく傷口をなでるその指は心地よい温かさで、祖母への懐かしさと会いたい気持ちが急速に膨れ上がってしまった。
氷鎖女「……………………」
長い袖に手を引っ込めて、クレスの目元にそっとあてる。
クレス「!」
鼻がツンと熱くなり、自分の目に涙が溜まっていることに気づき、ハッとなった。
幸い、リクの方は部屋を物色するのに夢中でこちらを向いてはいない。
クレスは急いで氷鎖女の袖で涙をふき取ると、ご丁寧に鼻までかんで突き返す。
クレス「ちょっと目にゴミが入っただけだからねっ!」
氷鎖女「……承知」
それだけ言うと教官は袖の鼻水も気にすることなく背に回った。
氷鎖女「あー、背中破けてしまったでござるなぁ」
クレス「せ、責任とれよなっ」
泣いてしまったのは不覚だった。
まだ涙がこぼれるまでいかなかったのが救いだろうか。
恥ずかしくなってわざと悪態をついてごまかす。
氷鎖女「わかったわかった。うるさいガキだ」
クレス「ガキ言うな、ミジン子っ!」
氷鎖女「……ム」
「そんな奴はこうだっ」
今度は乱暴に薬を塗りたくる。
クレス「ぎゃあっ!」
氷鎖女「傷は浅い。表面を薄く切られただけでござるよ。この程度で男の子が騒ぐものではござらん」
ついでにピシャリと背中を叩いて、
氷鎖女「はい、おしまい」
瓶を元の位置に戻した。