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ゼロのノート

ト書きでカンタン☆ 気楽に気軽に創作物語。

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妖絵巻番外編 1番の価値。:8(手直し)

 ……ぎくっ。
 彼女がストローでオレンジジュースをかき混ぜながら、とんでもないことを口走った。
 一度きりだったのに、そんなこと覚えてなくていいってば!

「いや? 知らないぞ、それ? 来たの? ウチに?」
「あれー? 和いなかったんだっけー? 出かけてたのかな?」

 伝えておくと言ったくせにどうやら彼女は先生に伝えてくれていなかったみたいだ。
 それとも伝えたのに先生が忘れていたのかな……

「ねぇ、ひょっとして」

 彼女がイタズラっぽく笑い、アタシは中学校3年の頃から付き合いのなくなった美羽ちゃんの可愛い笑顔を思い出していた。
 この彼女さんが美羽ちゃんと重なったとき、心の奥から警報が鳴った。

 


▽つづきはこちら

「文絵ちゃん、今日の用って、告白しに来たんじゃないの?」

 ……ホラキタ。
図星を突かれると全身の体温が急上昇して、一気に惨めな気分に突き落とされる。
 彼女の横では古賀先生が、そんなワケないだろうと冷静な表情でコーヒーカップを口に運んでいる。

「そーお? だって、和が辞めたときも、息を切らせて一生懸命、家を探してきたのは和先生が好きだったからじゃないの? ね、文絵ちゃん?」
「あの……いえ……」

 こんな風に言われて「はい、そうです」と言えるわけがない。
 この人から見たら、まだアタシなんか年下の子供で同じスタートラインにすら立ててない。
 だから可愛い生徒さんだと思ってこんな風にからかってきているのかもしれない。
 きっと悪気はない。
 でももし本当にそうやって予想していたのなら、どうして今日、先生についてきたの?
 わかっていたなら、気を利かせてくれてもいいじゃない。
 どうせ貴女に敵わないに決まっているんだから。
 アタシは……
 今日、
 玉砕しに来たのに。
 こんなのヒドイ……
 体中にびっしょりと大量の汗をかいた。
 例え先生に好きな人がいても告白しようなどという考えは、先生と一緒にこの女性がいた時点で既に打ち砕かれている。
 また、美羽ちゃんと奥田君のときみたいに、この場から自転車で逃げてしまいたいと思った。
 辛うじて作り笑いを浮かべてここに座っていられるのが、中学生のアタシより成長している証拠と言えた。

「違う、違う。コイツ、彼氏がいたんだから。なー?」
「あ、あは……友達に盗られちゃいましたケドね」
「くれてやっといて良かった男だろ」
「……ですね」

 先生がフォローのつもりのないフォローに入ってくれて助かった。
 本人は何も考えていない発言なんだろうケド。
 これで話は流れたと思ったのに、彼女さんったらしつこい!

「わかってない、わかってないなぁ、和はぁ」
「何がぁ」

 まるで眼中にない先生と大袈裟なジェスチャーで肩をすくめる彼女さん。
 よほどアタシをイジるのが好きらしい。
 カンベンしてよ。

「だって中学生のときの家庭教師に何の用があるっていうの、今更?」
「卒業したから、報告だろ?」
「恩師じゃあるまいし?」
「なんだよ、恩師だろ。とりあえず高校浪人せずに済んだんだから」
「そしたら高校入れたときに報告すると思うな♪」

 あーあ。何なの、この展開。
 ていうかこのヒト、何なの?
 からかいに来ただけなら、消えてよ。
 貴女が消えないなら、アタシが消えたい。

「つーかさぁ、瞳がいると話進まないんだけど?」
「……あ、ごめん。つい。可愛くて」

 ぽかっと自分の頭を叩いてみせる仕草。
 可愛い子しか許されない仕草が、この年上の彼女さんには似合っていた。

「何か余計なのついてきて悪かったな。どうしても会いたいとか勝手にアイツがはしゃいじゃって……」
「いえ……」
「話、もし知らない人がいると話しづらいとかなら、退散させるけど?」

 先生が真面目に話を聞いてくれる体制をとってくれたけど、彼女さんの手前、アタシは大丈夫だと言うしかなかった。

「いえ、大丈夫です。あの、私、これから教……教員の資格取ろうと思って大学入ったんです」
「で? 受かったのか」
「はい。第一志望」
「おめでと。ケーキ追加する?」
「ケーキはもういいです。……それで……できれば数学の教師になりたいと思って」
「お、マジで? あの数学嫌いのランドセルが」

 ホラ、見ろ。結構、恩師じゃん、俺。などと彼女さんに自慢している。
 本当はそんな話、しに来たんじゃない。
 だけど大人の仮面を少しだけかぶれるようになったアタシは、あたかもそれが目的だったように話し続けた。
 情けない気持ちにフタをして。

「それで先生はどんなだったかなーとか」
「どんなだったって言われてもな」
「ていうか、ちゃんと教員資格取れましたか?」
「取れましたよー? 大学も無事、卒業しまーした」
「そっか。やっぱり大変でした?」

 ……この後の会話はあまり覚えていない。
 まったく、まったく関係ない話題を一生懸命つむぎだして、3年半ぶりの再会を台無しにして帰ってきた。
 ああ。
 昨日までのイキオイはどこに置き忘れてきちゃったんだろう?
 先生が全然変わってなくて嬉しかったけど、それ以外の全てが痛かった。
 彼女と別れてなかった上に仲良しだったじゃない。
 何を一人で浮かれてたんだろう。
 やるせないな。
せっかくお洒落をした服を乱暴に脱ぎ捨て、毛玉だらけのトレーナーパジャマに変身。
「だけど気になる」鏡に向かって呟いた。
 あの彼女さん……瞳とか言ったっけ?
 やっぱり見間違いじゃない。
 手の甲に三角形。
 別の男の人といたよ?
 おかしくない?
疑惑が頭をよぎったけれど、今更アタシに何ができるだろう。
まさか久しぶりの再会なのに先生の前で別の女の人に恥をかかされるとは思わなかった。
先生には申し訳ないけど、アタシは先生の彼女さんを好きになれないと思った。
軽い気持ちで悪気がなかったとわかっていても面白くない。
 今日の結果報告を待っている友人たちに連絡したら、こぞって共感してくれて気持ちが少し晴れた。

「それって、確信犯だよ!」
「子供扱いじゃないって、逆、逆! ライバル出現を認めたんだって!」
「一緒についてくるとか、フツーしないよ! 気になったんだよ!」

 友人たちの加勢が単純なアタシの背中をまた押して、勇気を与えてくれた。
 そっか。
 そうだよね。
 やっぱりおかしいよね!




 数日後。
諦めの悪いアタシは夕方、先生の母校を訪ねて、その帰りを待った。
 初めは自分の母校に勤めるんだよね。
 校門で待ち伏せたが、まだこない。
 約束しているわけではないから、まさかアタシがここまで来ているなんて思いもしないだろう。
 じりじりして待っていたら、先生は今や、ペーパードライバーでないことに気が付いた!
 裏口だ。駐車場の方だ。
 あわてて走っていくと、丁度、教員用の昇降口から出てくるところだった。

「先生!」

 アタシが駆け寄るとさすがに驚いたみたいで目を丸くしている。

「どうした、こんなとこで?」
「偶然じゃないです。待ってました」
「……まだ何か聞きそびれたことでも?」

 ワザといじらしく待っていたことを告げたのに、先生は見事にスルー。
 さすがだ。
 うん、そうくると思ってたから、いちいちガックリしないよ。……ちょっとしか。 

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