レイメイ番外－鎮編 閉ざす、扉。 １

 

差し伸べられた手は眺めているのがいい。

決して。

決して、その手を取ってはいけない。

差し伸べてくれた事実。

それだけで充分だと思うことにしよう。

手は、求めたら最後、きっと消えてなくなってしまうから。

穴の底から上を見上げて、差し伸べられる手の温度を夢に感じていればいい。

 

薔薇の騎士団Ａ

レイディ・メイディ番外編

閉ざす、扉。

入水自殺を図って失敗。

その流れで村から逃げ出したのは十の頃。

宛てがなかったから、話に聞いたことのある都を見に行こうと思った。

都はたいそう美しく、珍しいものがたんとあるんだと。

村を出たことのある大人が話しているのを盗み聞きするのが好きだった。

世間知らずで考えなし。

オマケに好奇心だけは人一倍だったから、その身一つで都を目指そうなんて大それたことを考えた。

西へ下ればやがてたどりつくなどと、本気で思っていた。

あにさまとのお別れは辛かったけど、あにさまには鎮がいない方がよいのだ。

だって鎮がいると、あにさまは皆の仲間に入れてもらえない。

大好きな大好きな、あにさまのことを思えばすぐに回れ右をして家に戻りたくなったが、あそこに鎮の居場所はないから。

鎮は死んだことになって皆ほっとしているだろう。今頃。

微笑を忘れたかかさまもきっと笑ってくれるに違いない。

それを見られないのは残念だけれども。

そう思って戻るのはあきらめた。

今はただ楽しい都のことだけ考えることにする。

お祭りを隠れて見てやろう。

お花を隠れて眺めよう。

あと、珍しいものはなんだろう？

うんといっぱい見てそれからどうするか考えることにしよう。

 

都を目指してずっと、ずぅっと歩いた。

山で育ったから、歩くのは苦じゃなかった。

腹が減れば、その辺の物を取って食った。

時々腹を下すこともあったけれど、何とかなった。

どうしようもないときは人様の物を盗ったりもする。

すばしっこかったから、問題はなかった。

山賊などのならず者に出くわすこともあったが、良い人に会うこともある。

村の外には色んな人がいるものだ。

腹を減らして困っていると握り飯をくれる旅人もおったし、「幼子がこんなところで何しよる」と手を引いて家に招いてくれる老夫婦もあった。

引いてくれる手はシワシワのカサカサでごつかったけれど、とても温かく、心地が良かった。

この家の子になれたら嬉しいのにとほんのり期待したこともあったけど、それはダメだった。

だって、みんな、みんな、鎮の顔を見ると悲鳴を上げてこう言うんだ。

 

“妖怪”！

 

……あのな。

鎮はな、鎮の顔の他に、顔がもうひとつついているんだよ。

これは氷鎖女の呪いを鎮めるための童だからで、十五過ぎたら氷鎖女祭りで川に沈められることになってたんだ。

もう村を出てきたから関係ないけどな。

妖怪て怖がられたら、とても悲しい気分になる。

だからいつも逃げるんだ。

悲鳴を聞きつけた村の衆がよ、手に棒持って追いかけてくるからよ。

でも抵抗する気なんてないから、囲まれて殴り殺される。

前にもそういうことは何度か経験していたから、さすがに鎮も懲りるよ。

ずっと後で思ったことだけど、集団心理とかってやつだな、あれは。

怖いから殺そうとする。

排除することで自分らの身を守る。

でも鎮はそんなに怖くないんだけどな。

そう言ったところで、こんな恐ろしい顔してたら誰も信じてくれないけどな。

だから、いつも逃げてた。飯もらったら、とっとと逃げる。

冬で寒くて凍えそうなときは泊めてもらう。

でも温めてくれると言われてもあんまり近寄っちゃいけねんだ。

じぃさまがひざを貸してくれることもあるんだけどな、ちっさくてやせっぽっちだったからさ。

さぞや哀れっぽく見えたんだろな。

だけど、近寄ったら嫌われるから、遠慮するふりするんだ。

遠慮すると「遠慮しないでおいで」ってもっと言ってもらえるのが嬉しかった。

差し伸べられた手には決して触れてはいけない。

触れて、手を払われたら悲しいから。

とても。