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ゼロのノート

ト書きでカンタン☆ 気楽に気軽に創作物語。

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レイディ・メイディ 66-6

 これまでは辛いことがあると故郷に思いを馳せては、耐え忍んでいた。
 これからはそうはいくまいなと独りでつぶやく。
 自分が生きていたせいで母親が自害していたとは思わなかった。
 幸せになって欲しいと願っていたのに。
 自分が死んで少しは哀れんでくれたらいいなと望みをかけていた母親は、自分が殺したも同然だったとは。
 彼女は子供を生んでからこのかた、ひょっとしたら一度も心から笑ったことがなかったかもしれない。
 大変申し訳ないことをした。
 せっかく結婚して子宝をもうけたというのに。
 お前さえいなければと母が口癖のように言うのも無理はない。
 彼女の一生を不幸で染め上げたのは、他でもない。
 この鎮なのだから。

▽つづきはこちら

 それでも温かな手のぬくもりを求めた自分が愚かしい。
 彼女の苦しみを理解しないで、求めてばかりいた。
 母親を感じたくて、母の脱いだまだ体温の残る着物を恐る恐る手にとって頬を寄せていたら、着物は即座に取り上げられて捨てられてしまった。
 そのとき母がどんな形相でどう言ったか。
 どうしてあのとき、素直に母の愛を諦めなかったのか。
 殴られてごめんなさいと泣きながら、それでも母を諦め切れなかった。
 我ながらしつこい性格をしている。
 確かに、気味の悪い子だっただろう。
 母も可哀想に。
 机の前に座った鎮はうな垂れた。
 この世で最も信頼し、愛していた兄も直接刃にかけてしまい、残るは父だけ。
 5人の刺客と連絡がつかなくなったとなれば、次が来よう。
 ひょっとしたら次は父親と剣を交えることになるかもしれない。
 それならばいっそ、故郷に戻り、呪いの力が命じるままに里を滅ぼして自分が生き残る道を探ろうか。
 冗談半分にそこまで考えて、力なく笑った。
 こうまでして生き延びて何になるだろう。
 今だって生きる気力を失っているのに。
 この命はそんなに大事なものなのか。
 母親を責め殺して、兄を奈落の底に突き落として。
 ふと顔を上げてみると兄が消えた広い部屋はなんと寒々として感じられることか。
 
鎮「ああ……そうか……ミハイル殿に預けっぱなしだったんだ、人形……」
 
 どうりで広いと思ったら。
 早く取りに行かなくては。
 独りでこの部屋は広すぎる。
 考え事をしているとどんどん沈み込んでしまう。
 他の事に集中しようと持ってきた答案用紙にも結局、手をつけずじまい。
 こうなったらだいぶ早いがもう寝てしまおうと思った。
 食事も咽を通りそうもない。
 布団を床に敷いて上に転がる。
 何も考えずに眠りたかったのに、隣に誰かいて欲しいとまた途方もない欲求が湧き上がってきた。
 独りは嫌だと思った。
 嘘でもいいから、もう一度、兄の抱擁が欲しいと切実に思った。
 目の前には母の手がちらついていた。
 この期に及んでもまだ、その手を懐かしんで涙を流す自分が卑しくて嫌だ。
 おいで鎮と優しく呼んで欲しいと切に願う。
 皆、自分が壊してしまったのに。
 なんて身勝手な望みなのだろう。
 けれど他にどうすればいいかわからなかった。
 鎮の一生は戦いの一生である。
 それを止める術を持たず、刃を向けられれば、必ず刃で応戦してしまう。
 何度、同じ場面がやってこようと、何度でも兄を殺めるだろう。
刃を向けず、助けて欲しいと一言、言えれば良かったのか?
 様々な勝手な想いが鎮を苛んだ。
 
鎮『落ち着け。大丈夫……、大丈夫。痛みなどどうせすぐに忘れてしまえる。今だけ。今だけ……』
 
 涙が溢れ出した。
 掛け布団を引き上げて丸くなって声が漏れるのを防ぐ。
 鎮は知っていた。
 自分がすぐに立ち直れるであろうことを。
 今までずっとそうだった。
 鉄の扉を閉ざしてしまえばいいのだ。
 それでこの痛みからも逃れられる。
 あと少し。
 あと少しの辛抱だ。
 そうしたら、元に戻れる。
 リクとクロエが余計なことさえしてくれなければ、大丈夫だ。
 鎮は丈夫に出来ているのだから。
 先ほどは危うく、リクの手を取ってしまいそうになった。
 けど、取らなくてよかった。
 あれは幻想だから。
 早く平気であることを理解してもらわれば、この先も手を差し伸べられ続けては困るのだ。
 本音を言えば触れたくて仕方がないのだから。
 けれど一度触れたが最後、もう二度と自分の力で立ち上がれなくなってしまう。
 それは困る。
 だって彼らはいつか必ず手を引くから。
 最後まで握っていてくれるほど、彼らにとって自分は価値のあるものではないのは承知している。
 彼らは優しさと同情から手を差し伸べてくれているだけに過ぎない。
 それを忘れてはいけない。
 一時的なものにすがるほど、愚かな真似は、もうしない。
 つい1ヶ月前に痛い目を見たばかりなのだから。
 安息の場所など、この世に存在しないと思い知らされた。
 これが最後だ。
 兄で最後。
 もう二度とその手は食うものか。
 求めることを今度こそ、今度こそ諦めよう。
 いつも突き放されるたびに同じことを思うけれど。
 本当にこれが最後だ。
 
 心が。
また乾いてヒビ割れた。
 音が、した。
 ……聞きなれた、音だと思った。

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