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ゼロのノート

ト書きでカンタン☆ 気楽に気軽に創作物語。

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レイディ・メイディ 66-5

鎮「リクは拾わなくてよい。これは先の小てすとの答案用紙ぞ」
 
 どうやら、部屋に持ち帰って採点するつもりだったらしい。
 手早くかき集める。
 
リク「どうせ暗くて見えないよ。それより、採点、手伝おうか?」
鎮「いらぬ。っていうかダメ」
 
 何でもない会話である。
 宿舎からの明かりが届くか届かないかの位置で、ぶちまけた小テストの用紙を拾い集めるちょっとドジな教師とそれを助ける生徒。
ただそれだけである。
 リクさえ関わっていなければアンだって、きっと助けてあげた。
 ちょうどリクと同じ言葉を口にしながら。

▽つづきはこちら

 もう、しょうがないな、先生は。なんて、苦笑いを浮かべながら。
 アンは本来はヒサメ先生が嫌いではなかった。
 リクがあんまり関わろうとするから嫌いになってしまっただけ。
 その証拠に小説には2人、ヒサメをモデルにしたキャラクターが登場する。
 一人は初めから存在している担任教師で、忘れた頃に現れてアンジーに助言してくれる役割だった。
 上手く使いきれていない上にどうでもよいキャラクターだから、ほとんど活躍の場面など回ってこないのだけれど。
 それが最近になって周囲でも話題になってしまうくらいリクが先生を追うから、物語の中でも新たに女教師という役割で今度は恋敵として登場したのである。
 本来は男だが、それでは物語にならないので女教師として。
 彼女には何か手を貸してあげたくなってしまう雰囲気があり、周りがだまされてしまうのだ。
 ちょうど、今、リクの前で書類を落としたヒサメ先生のように。
 前までは、あるいはリクさえいなければアンは、先生をただの天然キャラだと思っていたはずなのに、今はその一挙一動がわざとらしく見えていた。
 夢中になる恋のなせる業か、リクの気を引くためにそうしているように見えて仕方がなくなってしまうのだ。
 もちろん違うとわかっている。
 頭では了解しているのに心がついていけない。
 要するに相手がヒサメ先生だからではなく、アンはリクが誰と話しても親しくしてもダメなのだ。
 これが例えばクロエであっても、さらにはモーリーやジェーンでもきっと赦せない。
 恋人には自分の前でだけ笑っていて欲しい。
 けれど望んだ通りにリクが動いてくれない。その束縛の欲求が不機嫌の原因だった。
 やがて書類を集め終わって立ち上がった鎮の腕をしゃがんだままのリクがふいに捕まえた。
 
リク「先生……」
鎮「?」
リク「俺、前にも言ったよね」
アン「?」
 
 いつになく、硬く真剣みを帯びた声だった。
 
リク「俺は先生の味方だって」
アン「?!」
 
 何の話だろう。
 アンは興味を覚えた。
 
リク「独りで耐えなくたって……いいんだからね」
 
 鎮はすぐには答えなかった。
 代わりに腕を自分の方へと引き寄せてリクの手から逃れる。
 
鎮「……あのことは忘れよ。一夜の悪夢」
リク「鎮!」
鎮「案ずるな、もうひと月も経つ。忘れるのに充分な時間だ」
アン『何の……話?』
リク「そんなの、嘘だ」
鎮「ナニ。俺はそんなにヤワではないよ」
 
 肩をすくめる。
 
リク「………………」
鎮「ではな」
 
 身を翻し、黒衣はやがて闇に解けた。
 乾いた土を踏む音が遠ざかる。
 しゃがんだままだったリクは教官用の宿舎をしばらく見つめていたが、諦めたように立ち上がった。
 アンが隠れている柱を過ぎて寮の扉の中へ消える。
 酷く悲しげな横顔が印象的だった。
 常に微笑を湛えている王子の別の顔を見てしまった。
 胸がしめつけられるように痛む。
 リクの悲しみはアンの悲しみだ。
 そしてリクを苦しめるものは自分の敵だと改めて思った。
 彼を困らせるもの、悲しませるものはこの世にあってはならない。
 リクのいつもの微笑が本物だと思って疑わないアンは決意を新たにするのだった。
 
 
 宿舎の部屋に戻った鎮は、書類を置いて一息ついた。
 採点を始めようと赤インクと羽ペンを手に取ったが、気力が沸いてこなかった。
 氷鎖女一族と争って1カ月。
 呪いの力が手伝った驚異的な回復力で、すでにほとんど体は自由だ。
 けれどリクに指摘を受けたように心の傷が癒えない。
 自分はそんなにヤワではない。
 これは本当だ。
 きっと、通常の人間よりも丈夫だと思う。
 だけど、もう少し時間が要る。
 高く結い上げていた髪は、今はすぐ後ろに雑に束ねてあるだけだ。
 手を上に持ち上げる気力もない。
 それでも無理に結ったポニーテールがほつれていたりすると人生に疲れた主婦みたいだと生徒にからかわれてしまう。
 だらしなくなった姿で当事者だったリクとクロエに心労をかけてしまうのなら、もう少しきちんとしようと思い、結び目を下に下げた。
 いっそ短く切ってしまってもよいかとも思ったが、それはそれで彼らにショックを受けていると受取られそうだと思い留まった。

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