リク「………………」
鎮「人はさ。なぁ、リク」
リク「はい……」
毛布を被ったまま、声の方に顔を向けると教官が座るその後ろに紙で作った鳥の束が見えた。
鎮「どうになっても割りと、生きていけるものでござろ?」
リク『……あれは……』
クローゼットの側面に突き出したフックに引っ掛けてあるそれは、この国では馴染みのない……千羽鶴だ。
鎮「それはお前様が一番、よう知っておるのではないか? これまでもそうして生きてきたのなら」
リク「!」
鎮「何があったとかどうして汚いと思うのかなんて知らないけど」
リク「……聞かないの?」
鎮「聞いて欲しくば聞いてやるよ」
リク「……話したら、先生も話してくれる? 全部」
鎮「そんな交換条件は飲めぬなぁ。拙者は別に聞いて欲しいと思ってないもの」
肩をすくめる。
リク「ちぇ。バレたか」
「先生は……どうしてそんなに話したがらないのかな?」
鎮「さっき言ったじゃん。嫌われるのなら裏なんか一生隠し通しちゃうって」
リク「そんなに人はヤワじゃないって言ったのは先生だよ」
鎮「相手を傷つけるかを心配しておるのではなくて、拙者が嫌われるの嫌なだけ」
リク「……嫌われると思ってるんだ?」
鎮「まぁ、ドン引きされるんじゃない?」
リク「相手を信じない?」
鎮「信じないよ」
リク「さっきは信じてって言ったよね、俺に」
鎮「相手を傷つけたくないと言いながら相手をえぐるのなら……の話。しかもそうせよとまでは言ってない。提示したまでよ。拙者が自分の話を打ち明けるかどうかと全く別次元」
リク「……………………」
こう迷いなくあっさりと返されると次につながらない。
困って部屋の中を無意味に見回した。
やはり人形だらけの異様な部屋。
明かりに照らされる人形たちの不安定な影は黒い魂を踊らせているようにも見える。
教官に視線を戻すと顔を上半分覆ったその姿がやっぱり人形に見えた。
鎮「……?」
ぎ、ぎ、ぎ。
古くて油の効かなくなったカラクリ人形のようにぎこちない動きで首をかしげている。
リク「あの千羽鶴……先生が作ったの?」
鎮「…………」
振り返って後ろにある千羽鶴を確認する。
鎮「……違うよ」
立ち上がってそれを手に取る。
鎮「それに、千羽に足りないから、千羽鶴ではござらんな」
リク「貸して、見せてよ」
鎮「………………」
黙って手渡す。
リク「へぇー。欲出来てるなぁ。ローゼリッタの子達に折り紙教えたら流行りそうだけどね」
誰が作ったのかと尋ねて、リクはしまったとすぐに後悔した。
倭国でお馴染みの折り紙はこの国では誰も知らない。
リクは父にせがんでよく作ってもらい、また自分でも真似ていろんな物を作って遊んだ。
折鶴、やっこさん、袴、だまし舟、うさぎ……
妹・シアンと共に新しい折り方を考案しては夢中になった。
その倭国の人間しか知らない折鶴を鎮が作ったのでないとすれば、あの人しかいないではないか。
……シノブ=ヒサメ。
先日、兄弟で争い、命を落とした鎮の兄だ。
リク「……あの……これ」
鎮「いちいち気にするでない。どうせ捨てようと思っていたもの」
リク「あっ! 何をす……っ!?」
見る間に手に取った千羽鶴を暖炉にくべてしまった。
リク「ちょっ……」
鎮「気にするな」
紙の鶴は炎に飲まれてあっというまに食い尽くされてしまった。
リク「……ああ」
鎮「なんだ。欲しかったのなら、申し訳ないことをしたでござるな。珍しかったか」
リク「そう……じゃなくて……」
何でもないように言う鎮の顔を見上げていると父の言葉が蘇った。
千羽鶴は病気の回復や長寿を願うものであると。
祈りを込めて1枚1枚折るものなのだと。
ならば、この鶴をあの人は何を思って折っていたか。
リク「大事なものだったんじゃ……ないんですか?」
鎮「大事なんかではないよ。そんな紙。いくらでも新しいの、折れるもの」
リク「でもあれはもう……」
絶対に手に入らない。
永遠に手に入らない。
何故ならもうこの世にいない人が手にかけて作ったものだから。
彼は兄を憎んでいるから捨てたのだろうか。
それともリクが気づいてしまったから?
リク「ごっ、ごめ……」
鎮「謝る必要などないというに。捨てたのは拙者で、そちらではない。捨てたかったから、捨てたの。あー、しまった。とっさに放り込んじゃったけど、リクが気にするなら面倒だからあとで捨てれば良かった。しっぽいこーいたっ」
リク「………………」
鎮「えと、それで何だっけ? 問題、少しは片付きそう?」
強引に話題を戻そうとする。
リク『……ああ』
本当に、失敗だったんだ。
おどけ口調でなかったことにしようとしているけれど。
とっさにとった行動こそが本音に決まっている。
憎いのか愛しいのかわからない。
けれど、苦しいということだけは。
……ハッキリわかってしまった。
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