レイディ・メイディ ６５－６

　ここのまで内容を深く知ってしまったからには、できませんとも今更カンタンには言えまい。

　あと１、２年と思っていた寿命だったが、幸か不幸か一族の血を流したことにより、呪いの目的に貢献したためか、「女たち」の気配が遠くなった。

　呪いを解くには２つの方法があり、１つは愛してもらうこと。１つは一族を根絶やしにすること。

氷鎖女の血を流せば流すほど呪いを解くことに近づくのである。

それを先日、実感した。

重かった気配が少し減り、ケガや体力の回復が異常に早い。

氷鎖女の女がもっと殺せよと手を貸しているのである。

呪いは脅迫。

殺さねばお前の命はない。

代わりに殺せばお前を助けてやろう。

……そういうことなのだ。

こうしてあと少し、伸びた寿命。

これをどう使うべきか。

鎮は考える。

クロエとリクを守ってやる義理はない。

正直、この国がどうなろうと知ったことではないし、彼らが何者であってもどうでもいい。

義理があるとしたら、それは彼らが姫だからでも魔石を宿すものだからでも、この国を救うものだからでもない。

彼らが未熟な学徒で自分が教官だからだ。

彼らが未来ある貝割れ大根だからだ。

それ以外の関係など、彼らと自分の間には存在しない。

リクからは少なからず個人的な情があって、こちらを特別だと思っているようだが、そんな彼も本当は鎮など見ていないのだ。

彼が見ているのは、鎮を通した別の人間である。

だから、現実にはリクと鎮の間には何もつながりがない。

鎮から見た彼らは貝割れ大根。

今の所、気まぐれが彼らに向いている貝割れ大根。

将来が楽しみで途中で誰かに摘み取られると腹が立つ、大事な……貝割れ大根。

大事な貝割れ大根を守るために鎮は命を賭ける。

そんな鎮だからこそ、ニケは選んだ……のだが。

選ばれはしたんだけど、鎮は極端な例をあげるとすると道端に落ちていた形の面白い石であっても本当に気に入ったものなら、奪われれば命がけで取り返しにいってしまう、そんなおかしな人種だ。

ソレが一銭の価値がない石ころだとしても、問題は自分が気に入っているかどうか。

ソコにソレがあるのが良いのであって、自分の物かどうかはまた別問題だ。

クロエもリクも自分の家族でも友人でもないが、彼らは養成所内で自らの意志で蠢いている生物であって、よそに勝手に持ち出すものではない。

勝手に持ち出すと価値が損なわれるので、戻さなければ。

このようにおよそ一般的な感覚ではない彼は、貴族になれるだとか出世欲だとか世界平和のために貢献だとかそんな餌には魅力を感じない。

対象がリクとクロエであることに意味があるのだが、姫だから日の王子だからと言われると急にどうでも良くなる。

しかも守れと命じられると重たく感じる。

彼はやりたいようにするだけだ。

怒りたければ怒るし、奪い返したければ力で奪い返す。

それだけだ。

忠告したにも関わらず、兄はそれに背いて取ったから、仕返しをした。

きっちりと。

氷鎖女　鎮はそういう人間である。

そんな彼の只今の心境。

「なんで俺が？　面倒くせぇ」

正直、コレである。

さて、どうしたものか。

縛られるのはキライだ。

愛してくれるものに縛られるのは好きだが、そこに情がなく、責任だけを押し付けられるのは好きではない。

だけど。

まぁ待て。

こちらに向かって手を振っているリク＝フリーデルスをまるごと無視して鎮はさらに考えた。

貴族との関係を結んでおけば、自分が今引き取っているあのワガママ娘に有利なのではないか？

自分の死後、役目を彼女に引き継げば、彼女は返り咲けるのではないか。

これは本人と相談しなければならないなと鎮は結論をまずは先送りにした。

 

リク「センセー！　センセー、センセー？　観に来てくれたの、センセー？」

 

　リクがムキになって手を振っている。

 

教官「今、先生なのは私です。わかっているかな、リク＝フリーデルス君」

 

乗馬の教官が咳払いをする。

 

リク「もちろんです」

教官「ヒサメ殿にカッコ悪いところを見られたくなければ、もう少し頑張ろう」

リク「……はい」

 

　逆さに乗っている自分に気がついて、愕然。

　目を気にしてもう一度、門を振り返ってみたが残念なことにもういなくなっていた。

 

リク「……………………」

 

　氷鎖女が復帰して１日目。

　学科の授業が１時間だけあった。

　どれだけ落ち込んでいるかと思えば、まぁいつもどおりである。

　ミイラ男な姿以外は。

　授業終ってすぐにネズミの毒餌をめぐってクレスと一戦やらかして大騒ぎ。

　それがあまりに日常過ぎて、例のヒサメ一族の事件が嘘だったかのような気がしてしまう。

　けれどそんなことはないのだ。

　兄に裏切られ、故郷の人間に存在自体を否定され、母親が死んだことも告げられた。

　彼は深く傷ついているはずでそれを見せまいとしているだけだ。

　だからそれを知る自分は明るく接してやらねばならないと思った。

　ここに居場所があるのだと教えてあげたかった。

　クロエを救うため、自らの身体に刺さった刃を抜いて兄と共に谷に落ちた鎮を拾い上げたのはリクだった。

　落ちていた鎖鎌の分銅を放って、何とか一人だけを救い上げることができた。

　できれば兄も救いたかったが上手くいかなかったのだ。

　無理やり引っこ抜く形で力任せに振り回せば、鎮の身体がぐんと遠心力のままに、地面をこすって木の方まで吹き飛ばされてしまった。

　……力を込めすぎである。

　我ながらリクがギョッとしてしまうほどに。

　それほどまで素顔を見られたくないのか、瀕死の鎮は這いずって、落ちていた額当てを装着。

初めにこの場で冴牙に痛めつけられて落ちた額当てを見つけたらしい。

お陰でやっぱりリクたちは素顔を知らないままだ。

その後、間もなく薔薇の騎士団がやってきて３人は収容された流れだった。

ほっとして気が抜けたのか、リクもクロエも気を失ってしまい、気がつけば１週間も経った後だった。

鎮がどうなったのかと言えば、面会謝絶。

刀が身体を貫いていたのだから当然だろう。

あれで生きているというのだから凄まじい限りである。

　彼が本当に無事で姿を見せてくれるまで気が気ではなかったその間、リクは考えていた。

　自分が彼の受け皿になることはできないかと。

　誰にも受け入れてもらえない孤独な心ごと受け止めてやれないかと。この自分が。

　彼の気持ちは痛いほどわかるのだ。

　一番助けて欲しかったときに手を差し伸べてもらえなかった自分には。

　シズカは自分なのだ。

　だから、助けてあげたい。

　その手を取ってあげたい。

　ここにいていいのだと教えてあげたい。

　もう否定する誰かはいないのだと言ってやりたい。

　自分がして欲しかったことを彼にしてあげたい。

寂しさを知る自分だからできることがある。

　リクはそう決意していた。