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レイディ・メイディ 第63話
2008.09.01 |Category …レイメイ 62・63話
第63話:初、恋。
偲が裏切った。
標的に接触すると言って薔薇の騎士団養成所に潜入したまでは良かったが、出てくる頃にはすっかり手の平を返して弟側に寝返っていた。
いや、寝返ったのではなく、初めからそのつもりだったのかもしれない。
まさか裏切るとは思っていなかった氷鎖女一族の面々は奇襲を受ける形となり、ほうほうの体で逃げ帰った。
ローゼリッタ城城下町まで。
ダンラック公爵から工面された資金と身分証で借りた宿で、一同は額を寄せて難しい顔をしている。
偲に想いを寄せている初などは、嘆いて嘆いて手がつけられない。
▽つづきはこちら
初「偲が……偲が私に攻撃しかけてくるなんて……! 私を斬ろうとした……私を……」
冴牙「だから言ったじゃねぇか。アイツは怪しいって」
初「うっ、うっ……」
炎座「泣くな、初」
初「鎮が……鎮さえおらなければ……! あの者がいつでも偲を苦しめる!!」
炎座「落ち着け。……悟六、何とかならんか。これでは初が暴走するぞ?」
悟六「うーむ」
冴牙「んだよ。どーせこうならずとも偲は姫様しか見ておらんかったろうが。アイツぁ、姫様にぞっこんだったしなァ。キヒヒッ」
初「…………姫夏さま……」
一族長の娘、姫夏(ひめか)に偲が惹かれていることは見ていればわかる。
初のことなど、ただの幼なじみとしか思ってはいないだろう。
それはわかっているつもりだった。
けれど恋する気持ちを捨てきれずに、20年近くも彼を見続けてきた。
幼いときから側でずっと。
里に戻れば自分では到底敵わないだろう無邪気な姫君がいて、だから鎮を追う旅は嬉しかった。
姫はいない。
異国の空の下で女は自分だけ。
その間にこの気持ちと姫を上回ると自負する女としての魅力に気づいてくれたら……そう願っていた。
長旅は辛かったが、いつも以上に偲が気を使って優しくしてくれるので、勘違いしそうになることもしばしばあった。
だが、偲は元から心優しい青年だ。
相手が初でなくとも同じ状況下にあれば、女の身を気遣って背負ってくれたりかばってくれたりと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれることだろう。
初だけが特別ではないのだ。
それが苦しい。
彼にとっての特別は、いつだって弟の鎮だけ。
弟はそれに甘えきって兄を頼るばかり。
兄にどれほど負担をかけていたか、あの馬鹿者はわかっているのだろうか。
偲がどれほど苦しみ、どれほど嘆いていたか。
初だけが知っているのだ。
弟じゃない。
姫様じゃない。
この、幼馴染である初だけが。
初『なのに! なのになのになのになのに!!!!』
真っ赤な唇を血がにじむまでかみ締める。
いつも偲を狂わせるのは弟の鎮なのだ。
その手を離せば標的から逃れられたのに、石や罵倒を投げつけられる弱い弟の矢面にいつも立ってかばっていた。
皆と遊びたかったであろう幼い日も、弟に付き合って二人だけで寄り添っていた。
そこに初もいたけれど、偲の目は常に鎮に向いていた。
弱いから。
弱いことを盾に守られている鎮が正直、初は嫌いだった。
初『いや、嫌いだったわけではない……そうではないのだ、鎮……私は……』
うらやましかっただけだ。
初だって鎮と仲が良かったのだから。
見せてくれる絵をよく褒めてやった。
本当にスゴイと思った。
歴史に名を残す絵師になれると興奮して言うと、鎮は頬を赤らめてうつむいたのを覚えている。
初はずっと偲が好きだったが、恐らく鎮の方は初をこそが初恋の相手だったと思って間違いない。
知っていながら知らんふりをして、当時は少し得意になっていた節もあった。
だから、決して嫌ってはいなかったのだ。
偲が鎮に付きっ切りだったので、面白くないことはよくあったが。
けれど鎮を守ろうとする偲の気持ちは痛いほどわかっていた。
まだ年端もいかない子供を村全体で忌み嫌うのである。
これほど理不尽なことはないと初だって憤りを感じていたくらいだ。
自分の兄弟姉妹がもし同じ立場なら、偲と同じようにしただろう。
わかる。全てわかるのだ。
理解してなお、それでも止められない恋心のために恨めしくなってしまう。
兄弟といえど、同い年。
確かに鎮は細く小さく頼りない。攻め立てられる本人だから隠れたくなるのもわかるが、しかし矢面に立つ偲も子供なのだ。心に負担じゃなかったわけがない。
偲が極端に言葉少なで表情に欠けているのも、そのせいではないかと勘ぐってしまう。
そう思えば、鎮が憎らしくてたまらなくなる。
矛盾した想いが初を苛む。
初「………………」
ふいに成長した鎮の、鮮烈な印象を残す素顔が思い浮かんだ。
男なのか女なのか判別も曖昧な中性的な顔立ち。
艶のある黒髪から覗く金色の瞳が不思議に煌めいて、恐ろしくも美しい。
初『アレならば……アレならば女も……あるいは男も狂わせられる……』
破滅的な美が人を誘う。
華奢で色白。支配したくなる衝動を駆り立てる。
だがその正体は可憐な花に擬態した毒の華。
危険だと感じてもなお確かめずにはいられない魔性。
魅せられたら、取り込まれる。
からめ取られて魂を抜かれる。
鎮は周囲から醜いと常に言われ育ち、実際に人面瘡を見れば醜い。
忌み嫌われてきたから、本人は自分を自覚していない。
誘う気もないし、誘えると思っていない。
それはあの仮面をつけていることですぐに理解できた。
仮面が落ちた瞬間も苦々しい表情が表に出ていた。
見られたくなかったと無言のうちに言っていた。
今もまだ彼は素顔をさらすことを拒んでいる。
けれど彼が隠し持つ魔性に気づいたらどうだろう。
この世のあらゆる人間を破滅に導けるとしたらどうだろう。
いや。気づいていないとは言い切れない。
接触して次に会ったときには偲が変わっていた。
あの閉鎖された建物の中で何かあったのではないかと思わずにいられない。
この初に刃を向けるなんて。
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