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レイディ・メイディ 61-10
2008.08.23 |Category …レイメイ 61話
いつも。
いつもいつもいつも。
大丈夫だと言ってくれる人間が一番怖い。
大丈夫でなかった瞬間が一番怖い。
偲「どうしやった、おシズ?」
呼びかけられてはっとなった。
鎮「……いいえ。じき消灯になります。お着替えはよろしゅうございますか?」
偲「済んでおる」
偲が着ているパジャマはやはり学徒用を借りてきた物だ。
▽つづきはこちら
明かりが消えてしばらく。背中を向けていた偲が呼びかけてきた。
こちらに身体を向けた気配がある。
偲「おシズ」
鎮「……はい、あにさま」
偲「明日、ヤツラに会いに行こう」
鎮「……ヤツラ……?」
偲「一族の者たちに決まっておろう」
鎮「!」
鎮の体が硬直したのが伝わったのだろう、「そう恐れるな」。偲が言った。
偲「来ているは、悟六殿、炎座、冴牙、それから初だ」
鎮「…………」
名を聞きながら、うろ覚えの記憶を探る。
偲「と言って、覚えてはおるまいが」
鎮「いえ……わかります」
年の離れた悟六の記憶はあまりないが、水と氷の属性を強く持つ一族の中、唯一炎使いである異色の炎座は覚えている。
それからことあるごとに自分を痛めつけてきた少し年上の冴牙。
心優しい内気少女だったと記憶している幼馴染のお初……
幼い頃に見た状態でうっすらとだが思い出せる。
鎮「……会えば、争いになりましょうな」
疲れを含んだため息混じりに言う。
忘れていた。刺客として放たれたのは、兄だけではないのだ。
偲「どうせ、お前は長くはない。急いても同じというのであればヤツラとて……」
鎮「それほどものわかりの良い連中でございますか?」
偲「…………」
鎮「シズはあの村で……人ではありませんでした」
偲「…………」
鎮「誰が哀れんで下さるか……。願いなど、一度として聞き入れてもらったことなどなかった」
殴らないで、髪を引っ張らないで、石を投げないで、着物に火を点けないで、井戸に落とさないで。
けれど鎮が泣いて懇願すればするほど、皆は面白がる。
そしてそれらは願い虚しく実行されることとなるのだ。
全てのはけ口を向けるが如く。
偲「…………」
鎮「そうでなくとも一族の掟を破った抜け忍……かようなわがままが通ると思えませぬ」
アレは一種の病気なのだ。
村を出た鎮は思った。
氷鎖女村の一族は皆、見えない何かに怯え、言葉で言い表せない不安をぶつける対象として誰かを選ぶ。
誰かというのは言うまでもない。
呪いに選ばれた人間。
呪いを背負っているのだから、他のものをいくら背負わしてもいい。
背負わせて、水に流してしまえばいいのだ。
外の世界ではありえないことが小さな村の中で平然と行われる。
そんな中でただただ優しかったのは、両親と兄、そして幼馴染の初だけだった。
偲「案ずるでない。少なくとも悟六殿は話の通じるお方。初もお前の記憶している通りの女子(おなご)のままだ」
鎮「……されど……」
偲「シズ」
鎮「……はい」
偲「かように不安と申すなら、先手、打とうか?」
鎮「……先手?」
偲「こちらから打って出る」
鎮「そっ……! それはっ」
思わず身を起こす。
偲「全員の口を封じれば、問題解決だ」
弟の驚きを兄は平然と受け止めて、冷徹な声を放った。
鎮「あ……あにさま……」
偲「どうした?」
黒曜石の瞳がわずかに動いて鎮を捕らえる。
鎮「それをしてはあにさまが大罪人に……」
偲「なに、カンタンだ。誰もいなくなれば、確かめる者もおらぬ」
鎮「……………………」
ぽかんと口を開けた。
まさかそんな大それたことをさらりと言い出すなんて。
鎮「あにさま?」
驚きから冷めると、急激に鼓動が高まった。
偲「なんだ」
鎮「それは……それは一族よりもこの鎮を選んだと…………………………受け取っても……よろしいのでございますね?」
引きつった、おかしな笑みを小さく浮かべる。
偲「そうだ」
鎮「先の短い命のために、散らさなくても良い命こそを徒と散らしてくれると。そういうことですね?」
もう一度、問う。
偲「そうだ」
鎮「……約束して下さいますか?」
敷布団に両手をついて、体をかがめ、兄の顔を覗き込む。
偲「しよう」
鎮「証明して下さるか」
嘘か誠かを見抜こうとする金色の眼が、獲物を捕らえた猫のような輝きを放った。
偲「……しよう」
それを受けて、偲も身を起こして応える。
鎮「ああ……っ! それがもし本当だというのなら、ヤツラの首、この鎮に………………下さいませ……ね?」
毒の華が狂い咲くように。
鎮は恍惚の笑みを張り付かせた。
普段の教師である顔はそこに一欠けらも見当たらず、ただ、妖しい夜の魔物がそこにいた。
窓から差し込む月明かりが、その気狂いの表情を青く浮かび上がらせる。
偲「よかろ。それでもまだ不安というならば、側に来い。心の乱れがなくなるまで抱いていてやる。……おいで、おシズ」
まるで温かみを感じさせない、鋭い眼光の兄が腕を伸ばすと血に飢えた眼差しの弟は素直にそれに従って身を預けた。
室内という狭い空間の中でどす黒く重い空気が淀んで二人の間を巡る。
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