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ゼロのノート

ト書きでカンタン☆ 気楽に気軽に創作物語。

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レイディ・メイディ 57-2

 だが、いくばくも経たない内にこの幸せの絵図に亀裂が生じた。
 王子が生まれたわずか1年後に、王妃の懐妊がわかったのである。
 未来の王として望まれた子だったのに。
 王妃の子が生まれれば、継承権は廃止されるだろう。
 シレネは自分の息子が用済みの物のように捨てられた気持ちになっていたたまれなかった。
 王妃の腹は日に日に大きくなり、比例するようにシレネの中の小さかった妬みの芽も大きく育ってゆく。
 あの腹さえ潰してしまえれば。
 死産であったなら。
 王妃がもう二度と子を生めない体になってくれたら。
 さすれば自分の子が立場を脅かされることもない。
 唯一の継承者として、人々にひざまづかれ、約束された幸せをつかみとることができるのだ。

▽つづきはこちら

 子を想うばかりに、母親となったシレネの心は恨みと妬みに満たされてゆく。
 自分がどうなっても構わない。
 だが、大事な子供だけは。
 多く、世の中の母親がそうであるように、シレネもまた同じ気持ちだったのである。
 特に幼き日に求めた親の愛情を与えてもらえなかった彼女は、子供にこそはと人一倍、願っていたのである。
 いよいよ王妃が母の体になってくると、シレネは毎日のように王に詰め寄った。
 もう最初の王子として周りに知られているのだから、王位は変えてはならないと。
 王はわかったと繰り返すばかりで本当に了解してくれているのかちっとも腹が読めない。
 不安は増すばかりである。
 一方で王はシレネがうるさくてたまらなくなっていた。
 王妃にしてもらえなかったことで、今度は自分の子を使ってその座を射止めようとしているのではないかと家臣から告げられてから、余計に疎ましく感じるようになってしまう。
 なんと性根の腐った女だろう。
 やはり卑しい身分の者を王宮に上げてはいけなかったのだ。
 かつてどれだけ助けられたか、恩を忘れて王はそう思うようになっていた。
 彼は、儚げだった少女に触れられずにいた生真面目な青年ではもう、なくなっていたのだ。
 子が授からない妻の代わりにようやく手をつけることになったシレネの肉体は、やはり青白く美しく、一瞬にして正妻の存在を忘却の彼方へ追いやってしまったが、その夢見心地さえも消し去る醜い事実を彼は見つけてしまったのだ。
 ……顔が、二つある!
 王は「呪い花」という言葉を数年ぶりに思い出していた。
 長い前髪で隠されたこめかみ寄りの額に、小さな顔がくっついていたのである。
 王の側にいるようになってから、いつもシレネは仮面をつけていた。
 人の目が怖いと言って。
 それは売り娘だった頃の心の傷が原因と思われていたが、それよりもあの醜い人面瘡を隠すためだったのだ。
 王と二人きりのときには仮面を外していたが、思い返してみれば、その部分には常に包帯や飾り布で隠されていた気がする。
 人面瘡はただのアザなどではなかった。
 なんと、苦悶の女の顔に見えるソレは意思を持っている。
 眠るシレネから興味本位に包帯を剥ぎ取ってみると、人面瘡にまず驚く。
 あわてて包帯を巻直そうとすると、人面瘡の女の目が開き、にたりと笑ったのだ。
 見まちがいなどでは決してない。
 王は戦慄に身を凍らせた。
 おどろおどろしい空気が部屋に立ち込めて、吐き気がのどを駆け上がる。
 シレネは魔女だ。
 魔法を使えるから魔女なのではなく、魔物なのだ。
 魔に生を受けたから、魔女なのだ。
 人を超越した美しさは、男を惹きつけて殺してしまうための擬態。
 頭である単語がくるくると回る。
 「呪い花」。
 彼女を手にする者は、ことごとく不幸に招かれる。
 自分は正しい選択をしたと王は思った。
 彼女を娶ってはならなかったのだ。
 この女を生かしておいてはいけない!
 王はそっと、魔女にバレないように包帯をもとに戻した。
 
 争いの火種になる。
 王子は今のうちに消してしまえ。
 物騒な会話が内々で囁かれ始め、それはシレネの耳にも届いた。
 我が子を捨てられた道具にしたくない一心でかけあってきたが、もう限界だとシレネは悟った。
 王宮を下がって、あの子と共に田舎で暮らすのも悪くない。
 自分はもう言葉も話せるし知識も力もある。
 男の間を姦されていた頃とは違う。
 父親がいなくても、子を一人守って生きていけるだけの蓄えも備えている。
 王になるだけが幸せではないと思い直した矢先、悲劇は幕を上げた。
 何者かの手によって、幼王子が殺害されたのである。
 何者か?
 犯人など、わかりきっている。
 王妃を取り巻く老臣たちの指図だ。
 問い詰めると彼らは震え上がって、王の名をもらした。
 王が!
 シレネは絶望感のためのめまいに襲われた。
あれほど愛したその人が。

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