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レイディ・メイディ 第58話
2008.08.02 |Category …レイメイ 58・59話
家族が惨殺されて彼は一人きりになった。
その後、貴族に引き取られるも愛玩具としてで、いくらもいないうちにすぐに逃げ出し、日雇いの仕事でなんとか食いつないでいる内に、とある神父と出会った。
彼を師として少しだけ剣術と魔術を習い、養成所に行くよう勧められ、今に至る。
養成所では衣食住がそろっており、生きて行くための技術も身につく。
出所後は軍に所属することになり、人生が保証されたも同じである。
だから、神父はここに行くことを強く推したのだ。
訓練がどれほど厳しくても、飢餓に脅かされない生活を思えば楽なものだった。
薔薇の騎士を目指して門を叩くのは、純粋に薔薇の騎士に憧れを抱く者、継ぐ爵位のない貴族の次男以下、そして身寄りのない、または日々の生活に困窮する貧しい子供達がほとんどだ。
平均的なレベルの生活を送る者たちは、まずこない。
だいたい、親が許さないだろう。
家の手伝いもしないで何が騎士だと。
▽つづきはこちら
そうして大半の少年少女は平凡に収まっていく。
天才少年リク=フリーデルスも本来ならば、平凡側にいるべき人間だったが、ある日、何の前触れもなく不幸が家のドアをノックしたために薔薇の騎士を目指す結果に落ち着いた。
成り行きと生きるため、そして敵討ちのための手段に過ぎなくて、薔薇の騎士など正直、どうでもよかったのだ。
やるからには負けたくないという意地。
誰もついてこようとさえしなかった自分の背中をギラついた目をして追ってくる好敵手の存在。
神童と騒がれ、それなりに自信のあったリクをまったく気に留めてくれない教官。
それらの存在が彼をトップに押し上げて、その座を守らせていた。
都合の良い逃げ場所として選んだ養成所は、楽しかった。
心にかかった冷たい闇は払えなくても、薄ぼんやりとした淡い光は確かに差し込んでいたのだ。
けれど、心の底にカタキを討つためにという最終目的は、いつも忘れてはいなかった。
多くの友人に囲まれた安穏とした幸せに、時々、もういいかこのままでいられるのならばと思ってしまいそうになること何百回。
だが家族の無念を思えば、それでいいはずはないと思い直す。
どれだけ恐ろしかっただろう。
どれだけ痛かっただろう。
どれだけ苦しかっただろう。
生き残った者は、その無念を晴らさなくては。
それが責任だ。
そう、一方的に思い込んだ。
犯人が今もどこかで生きて、同じ不幸を作り上げようとしているかもしれないのだ。
逃がしちゃいけない。
相応の報いがあってしかるべきだ。
……これが、彼の生きる支え。
ところが。
4月頭に送られてきた、死人からの手紙でこの支えが折られてしまった。
差出人が悪いのではない。
差出人が代わりにカタキを討ってくれたのだ。
けれどリクは自分の手で討ちたかった……いや、有り体に言うのなら、仕返しがしてやりたかったのである。
犯人はとうの昔に死んでいて、犯人を殺した差出人もつい手紙をもらう1カ月前に命を断っている。
16歳で泣く泣く嫁いだ先での事故。
事故との報告だけど、皆、思っている。
身投げしたのだと。
家族がいなくなり、恩師の神父が傍らから消え、追っていた犯人がすでにいなくなっていて、怒りの矛先が失われた。
次いで、少ない好敵手の一人であり、2回生で初めの試験においてはリクを救うために衣類を結んだだけの頼りないロープひとつで崖から身を踊らせてくれた少女が無残な死を遂げた。
なにもかもが指の間を通り抜けていく砂のようだと少年は思った。
一人で突っ張って生きる様がもの悲しくて、ちょっかいを出さずにいられなかった少女。
それだけでなく、彼女の個性は強烈で、彼の興味を強く誘っていたのも確かだった。
ワガママで泣き虫。
勝ち気だけど寂しがり。
気高く、いじっぱり。
努力家で向こう見ず。
小心者だけど、勇敢。
前しか見ないで勢いよく走るから、転ぶときもド派手。
それでも立ち上がってやっぱり突っ走る。
後悔も反省もどこかに置き忘れてきたような猪突邁進ぶりには舌を巻く。
どこから沸いてくるのか全身、生きるエネルギーに満ち満ちた女の子だった。
大変な世間知らずのため、身勝手・自己中心的。感情的。直情的。
だから悪い所ばかり際立ってしまう損な娘だったが、リクは嫌いじゃなかった。
いや、むしろ自分と正反対の彼女を好ましく思っていた。
向こうはどうやらリクを好んでいないようだったが、こちらからしてみれば友達だった。
表面だけを形どったリクを鋭く指摘し、鮮烈な印象だけを残して彼女は目の前から消えた。
永遠に。
家族と同じように。
もう二度と、言葉をかけてはくれない。
命を救ってくれたことに対するお返しも満足にできていなかったのに。
折れて、折れて、折れて。
また何かが彼の中で折れる。
リク「……………」
紅い目で、両手をじっと見つめる。
崖にぶら下がって、決して離さなかった手。
身長176の男を女の細腕で支えて、あと少しレクとフェイトが来てくれるのが遅かったら、二人とも真っ逆さまだ。
失禁してしまうほど怖かったのに、どうして自分なんかのために。
助けてもらう価値もない命のために。
そんな勇気の持ち主だったはずなのに、心の中の何かが折れてしまうとなんてあっけない。
自ら命を断つなんて。
リク「ねぇ、先生」
手を見るのをやめて、突然、教官に話しかける。
今日もまた、彼は担任の部屋に入り浸っていた。
氷鎖女「ん?」
リク「そうは思わない?」
将棋の駒を進めて、飛車を奪う。
氷鎖女「何が」
リク「メイディは勇敢な女の子だったのに」
氷鎖女「……………」
リク「俺と違って強い子だった」
氷鎖女「さて」
迎え撃ってまた駒を動かす。
リク「こんなあっけないものなのかな、命って」
氷鎖女「強い奴がどんな場面でも強いとは限らぬからな」
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