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レイディ・メイディ 第57話

第57話:東から来た魔法使い
 その異国の女は美しかった。
 おかしな言い方かもしれないが、気味が悪いほど、美しかった。
 その女は口が利けなかった。
 いや、口は利けたが、女が操る言葉はこの大陸では何一つ、通用しなかったのである。
 密航して西の大陸に降り立ったその女は、当時まだ齢は12、3の小娘であったが、それでも充分に男を狂わせるだけの魅力が備わっていた。
 人の美しさを超越した、生まれもっての魔性。
 いくら穢されてもその透明な美しさが損なわれることはなく、また、いつまで経っても可憐な少女のようだったと言われている。
 子を産み、短い生涯を終える間際まで色あせる事なく、その存在はきらめきを放ち続けるのだ。
 言葉が通じず、また守ってくれる者もおらず、当初、彼女は男の間を流されるただ肉人形であった。

▽つづきはこちら

 心と口を閉ざした少女は瞬きさえなければ、生きているのか死んでいるのか、それとも初めから命がなかった物なのかも区別がつかないくらいによくできた………男の玩具だった。
 シーツの上で乱れる黒髪と儚い白花が開いたような華奢な肢体に支配欲をかき立てられ者はいない。
 だが、彼女を手にする男はみな、非業の死を遂げる。
 そうしていつしか少女は「呪い花」と名付けられる。
 この名が付いて買い手がつかなくなった花を、面白いとして手に入れたのは、さる貴族。
 さらにこれをとある国の王子に披露したところ、王子は一目でこの不幸な少女を気に入ってしまった。
 どうしても手に入れたいと無理に譲り受け、王子は少女を側に置いた。
 物としてではなく、人としてだ。
 心優しい王子は、この触れれば壊れそうな娘を穢すことができなかったのである。
 触れたい気持ちはもちろんあったが、それよりも先に笑うことのない彼女の心が欲しいと願ったのだ。
 常に傍らにおいて連れ歩く。
 言葉を教え、教養を教え、一端のレイディに仕立て上げようと努力した。
 気持ちが通じてか、少女は王子によく懐き、小さくでも笑うようになる。
 はにかんで小さく微笑む彼女はもっともっとキレイに見えて、その度、王子を夢中にさせた。
 いずれ彼女を妃にと望んだ王子は、教養を教えるだけでは飽き足らず、周りを納得させるためにも信用のおける家臣の家に養子縁組をさせた。
 この時点から、どうやらサクラコマチという名で、愛称サクラと呼ばれていた少女は、シレネ=ペンジュラと名を改める。
 のちに、かの有名な「いばら戦争」を引き起こす張本人、13番目の魔女の誕生である。
 シレネは王位継承問題のために何かと身を狙われる王子の役に立とうと、魔法を習い始める。
 彼女の吸収の早さは尋常ではなく、乾いた布を水に浸すようにぐんぐんと知識を身につけていく。
 幾度か王子の身に危険が降りかかったことがあり、その際には必ず、側に控えるシレネが彼の危機を救っていた。
 肉欲地獄から救い出し、愛情を傾けてくれた王子の恩に報いるため、彼女は言葉どおり、身を省みずに尽くし続けたのである。
 必ず娶って幸せにしてやるとの約束を信じて。
 王族同士の争いは熾烈を極め、シレネの愛する人は、あらぬ嫌疑をかけられて幽閉の憂き目に遭う。
 親族の計略に堕ちたのである。
 計略を見抜けなかったシレネは自らを責めたが、すぐに彼を救い出す手立てを講じた。
 彼女は幽閉された王子の派閥の者たちを集めて、半旗を翻す。
 戦場では陣頭に立ち、恐るべき魔力と冴え渡る戦略、戦術によって瞬く間に軍隊を破り、連勝を重ねる。
 黒い衣装をまい、黒い髪をなびかせたその姿を人々は「戦乙女」と称した。
 とうとう彼女は、王子が処刑される間際に救い出し、見事、王位に即かせたのである。
 同時に、かつて呪い花と蔑まれた少女は、大き過ぎる功績を報いられ、宮廷魔法使い……それもトップクラスの13賢者の一人として名を連ねることになる。
 このとき、彼女はまだ22歳。
香りかぐわしい、女盛りを迎えていた。
 生まれてこのかた、恵まれない人生を歩み続けてきた彼女が、もっとも光りに満ちていた時期である。
 即位した若き王は、早速、シレネを娶ろうと考えていたが、当然ながら反対派が動いた。
 そうでなくともシレネは功績を立て過ぎており、これ以上、力を持たせては危険だというのである。
 そして元が売り娘では、国民が納得しないというのだ。
 売り娘であった身分を消すために貴族と養子縁組を結ばせたのだと若王は庇い立てしたが、ともかく他の姫君とも会って、それからでも遅くはないという家臣たちの意見に従うこととなった。
 形だけでも取り繕ってうるさい連中をだまし、最終的にはシレネに決めてしまえばよいと考えたのである。
 ……ところが。
 王妃候補として選ばれた姫君が思っていた以上に可憐であどけない。
 陰気でおとなしいばかりのシレネと違い、明るく和ませてくれる女性らしい女性だったのである。
 若王は目が覚める思いだった。
 これこそが人間の女だ。
 同じ温度を持ち、同じ位置に立つ姫君。
 たちまち王はこの姫に夢中になってしまった。
 まるで憑き物が落ちたように。
 美しさで言えば、どうあってもシレネに軍配は上がったが、人の魅力はそれだけではないのだ。
 心が近く寄り添えるのは、未だどこかに底知れぬ何かを秘めたシレネよりも素直で屈託のない姫君の方である。
 何度目かの目通りがあった日、彼の心を決定付ける出来事が起こった。
 狩りに姫君を誘い、そこで王か姫君かの命を狙った刺客が襲って来たのである。
 護衛としてついていたシレネは、すぐさま剣を抜き、流れる太刀さばきで敵を両断し、魔法を放つ。
 あっと言う間に事件は幕を下ろしたが、このとき、王は思ったのである。
 血にまみれた毒々しい女よりも、自分の腕の中で震えている可憐な女性の方がずっといいではないかと。
 力をつけたシレネは妻にふさわしい、可愛い女ではなくなっていた。
 王は決めた。
 妃には、この姫だと。
 結婚式の当日。
 シレネは金色の目に大きな涙を溜めていたが、約束を反故にした王を責めることはなく、祝いの言葉を静かに述べた。
 彼女は自分などが本当に愛されるはずがないのだとあきらめていたのである。
 ほんのひとときでも、夢を見られたならそれでよかった。
 恨みごとよりも、感謝の気持ちが勝っていたのだ。
 ……まだ、このときまでは。
 別の国から輿入れした皇女が王妃になって4年。
 世継ぎの気配がまるでなく、王妃の腹が使い物にならないと囁かれ始めたころ、もう一度、シレネに女としての光が舞い込んだ。
 王妃の代わりに世継ぎをもうけよというのだ。
 妾であっても構わない。
 シレネは首を縦に振った。
 かつて愛した……いや、今もずっと密やかに愛し続ける王と逢い引きを重ね、とうとう待望の男子を出産する。
 男児は王妃の子としてすぐにシレネから引き離されたが、それでも彼女は満足だった。
 愛した男と自分の間の子が、未来の王となってこの国を統べるのだ。
 なんと誇らしい。
 王子が生まれるや、王はまたシレネに寄り付かなくなったが、彼女にはもう一つ、愛でるものが増えたのだ。
 腕に抱くことが叶わなくても、母だと名乗り出ることができなくとも、愛しい我が子の成長を見守っていられればそれでよかった。
 王子は幸いなことに、黒髪に金目の母には一切似ず、金髪青目の可愛らしい男の子だった。
 同じく王と王妃も金髪青目だったので、彼らの子供でないと疑われることはない。

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