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レイディ・メイディ 56-8
2008.07.30 |Category …レイメイ 55-57話
母「ああ、ああ。こんなに冷たくなって。手も真っ赤」
母親は口をぱくぱくさせて、メイディアの耳に聞き覚えのない言葉を発していたが、何故か意味は正確に伝わってきた。
娘の赤紫に凍えた手を両手で包んで温める母親の愛にメイディアは胸を打たれた。
メイディア「こんなお母様の元で育つのはきっと幸せに違いないわ」
嬉々として声に出したが、誰もこちらを見向きもしなかった。
メイディアから見えていても、相手のいる場所に存在してはいないのだ。
母「今日はな、大晦日だからほら、特別に白いご飯。たんと食べて大きくなり」
▽つづきはこちら
兄とおぼしき少年の少し後ろに座って少女は、気をつけていないとわからないくらい、微かに笑ってみせた。
特別の御馳走だと出されたのは、欠けたお椀に野菜と白米を煮込んだおかゆだった。
水気ばかりで中身が少ない。
他には干した小魚と漬物。
メイディア「こ、これだけ?」
年末のお祭りなのに、たったこれだけ。
メイディア「ケーキもワインもないのかしら?」
伯爵家で育ったメイディアには信じられない光景だ。
これではおなかの足しにならないし、栄養失調になってしまう。
兄「ホントに白い飯だな。見てみ」
目の細い兄が声をかけると妹はまた小さく笑って返した。
どうやらこれでも彼らにとっては御馳走らしい。
妹「……食べて……いい?」
遠慮がちに聞く幼い娘に、母は柔らかく微笑んだ。
母「いくらでも」
妹「これを食べてしまって……冬を越せる?」
母「お前は心配性。大丈夫。子供はそんなことを気にしなくてええんじゃ」
母が言うと、少女ははにかんでうつむいた。
厳格そうな父親は終始黙ったまま、粗末な食事を口にしている。
兄も妹もお世辞にも明るい性格とは言い難く、家の中で母親だけがよく話し、よく笑っていた。
女の子はお椀に口をつけようとして動きを止め、そこでメイディアはこれと同じ光景をどこで見たのか、今、ハッキリと思い出した。
養成所で。
氷鎖女の魔力を借りたその夜に。
見た夢と同じ場面が始まろうとしていた。
メイディア「毒………」
口の中でつぶやく。
母の手から受取った食器には、毒が盛り込まれている。
これから、そう。
女の子は……
母「どうしやった?」
妹「……………………」
母「食べないと冷めるよ」
妹「……………………」
母が笑い、メイディアはぞっとした。
メイディア「食べちゃダメ!!」
必死に訴えかけたが、誰もこちらを見向きもしてくれない。
女の子の手をつかもうとしても擦り抜けてしまうだけだ。
妹「……………うれし」
ぎこちなく首をかしげ、今度はにっこりと大きい仕草で笑んだが、それが作り笑いの何物でもないことをメイディアは確信した。
少女は毒が混入されていることを知っている。
メイディア「ああ…」
母はやはり口元に微笑みを絶やさず、父親はちらりと娘の方を見て目を伏せた。
兄だけが妹の方に顔を向けている。
兄「…………」
妹は何事もなかったように毒の入ったお粥を飲み下し、御馳走様と告げて席を立った。
母「あれ。もう終わりかえ? まだ沢山あるのに。よう食べ」
妹「……もう充分に」
母「そか。お前は食が細くていかんのぅ。もっと……食べなくては大きゅうなれぬぞ」
メイディア「…………」
家族の輪を出た少女は後ろ手に木戸を締めて、すぐにがくりと両膝を折ってうずくまった。
口に当てた両手の間から、今し方、食べた“御馳走”がしたたり落ちる。
嘔吐物の中には血が混ざって、金色の目に大粒の涙が光った。
メイディア「…………」
映像は、そこで途切れ、気がつけばメイディアは床に座り込んで絵を抱いていた。
時計に目をやったが、ほとんど時間は経っていない。
メイディア「今のは………先生の……?」
……妹?
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