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レイディ・メイディ 54-10
2008.07.25 |Category …レイメイ 52-54話
悲報は、すぐに両親の元へ届いた。
嫁入りの際、ついていった使用人が戻った直後のことだ。
それから数日遅れて血染めの花嫁の遺体が届く。
伯爵夫人「ああああっ!!! メイディア!! メイディアァッ!!」
ばあや「お嬢様、目を開けて下さい、お嬢様!!」
メイド「やっぱり……私が最後までついていれば……」
死因は転落死。
花嫁がさらわれる騒ぎがあってはエグランタインの名誉にかかわるので、怪盗のことはふせられて簡素に報告された。
伯爵「転落死とはどういうことだ? ……まさか自害じゃあるまいね?」
夫人「何てことをおっしゃるの!? メイは強い子です! そんなことはしません! どこまで勘ぐれば気が済むのかしら、こんなときに!! 少しは悼んであげたらどうなのです!?」
涙ながらに母親が冷たい夫にくってかかった。
▽つづきはこちら
知らせを聞いて養成所からとんできたシラーが棺桶を覗き込んだ。
シラー「……マジ?」
『まさか………死ぬなんて……』
こんな結末までは予想していなかった。
つい2カ月前に別れたときには、体重もだいぶ戻って健康そのものだったのに。
人の命はわからないものである。
メイド「でも……これで幸せだったのかも……」
メイドのつぶやきは誰にも届かなかった。
悲嘆に暮れる母親と老婆の声にかき消されて。
夫人「無理に嫁になんてやったから、こんなことに……! 可哀想なメイディ!」
伯爵「まったく……最後まで私に逆らうのだな、この娘は。嫁いで一日で命を落とすなんて……。公爵に一体どうやって弁明すればいいのだ」
夫人「!!」
伯爵「代わりにシラーを差し出さねばならないか」
シラー「……!」
伯爵の言葉に夫人が振り向き、いきり立った。
夫人「どうして貴方はそんなことばかり! 今がどういう事態なのか、わかっておいでなの? 私たちのメイはもう目を覚まさないんですのよ、ええ、永久に!! それなのに、なんです!? 公爵公爵って! 公爵に弁明の必要なんてありません! 弁明が必要なのは、公爵の方!! 大切な娘を預けたのに、たった一日で失うとは何たる失態!!」
伯爵「まぁ、落ち着きなさい。公爵のせいではないではないか」
夫人「いいえ! 事故だろうと何だろうと守りきれなかった罪は重いわ!! 16だったんですのよ!? 16であの子は……!!」
シラー「……………」
『すると今度は私が公爵夫人? ふふっ、それも悪くないわ』
夫人「シラーは嫁には出しません!」
シラー「…え?」
夫人「絶対にです! この子は婿をいただいて、シャトー家で私たちと平穏に暮らすんです」
シラーの腕をつかむ。
シラー「いえ、あの、私は別に……」
伯爵「1日だぞ。たった1日だけでは私の面目が立たない。わかってくれないか」
夫人「まっ! 面目!? 面目と娘の幸せ、どちらが大切なんですか!? シラーは私たちに残された最後の希望なのに!!」
伯爵「公爵のところに行けば、幸せになれるさ。メイディアは運が悪かっただけだ」
夫人「運が悪かったで片付けないで!!」
伯爵「落ち着きたまえ」
夫人「落ち着いてなんていられるものですか! 貴方こそ、もっと嘆いて下さいな! 私たちの娘のために!!」
伯爵「形だけ嘆いても仕方ない」
夫人「かっ……形だけ!?」
「んまぁっ! 貴方って人は!!」
ばあや「奥様……」
見かねて老婆が止めに入る。
ばあや「そうご両親の不仲を見せてしまいますと、お嬢様が悲しみます。せめてお嬢様を送り出すまではどうか……」
夫人「あ……そ、そうね。そうだわ」
肩を落として夫人は疲労感の濃い表情を浮かべた。
突然、年を取ってしまったように感じる伯爵夫人は、土の中に埋葬される娘をじっとみつめている。
棺おけの蓋は閉じられて、埋まっていってしまう。
もう二度と顔を見ることはできない。
そう思ったら、いくらでも泣くことが出来た。
自分の娘ではなかったどこか知らない子。
だけど16年間、娘として認識していた子。
血が繋がらなくても、どこの子だろうと、確かに彼女の娘だったのである。
気味が悪いと遠ざけてきたけれど、最終的には強い絆で結ばれたと思っていたのに。
ようやく本物の親子になれたところで引き裂くなんて、どうしてこうも運命の女神は意地が悪いのか。
自分の行いが悪かったから天罰でも下ったのだろうか。
それならば、この母に全ての不幸を落としてくれればよかったのに。
完全に娘の遺体が土に埋まってしまい、夫人はハンカチで涙を拭った。
夫人「シラー」
シラー「はい、お義母さま」
夫人「アナタは……アナタだけは幸せになってちょうだいね」
シラー「は……はい……」
夫人「地位なんかどうでもいい。ただ、温かな家庭を……」
シラー『どうでもよくないわよ。貧乏暮らしを知らないおばさん』
返事をしながら、シラーは心の中で舌を出した。
甘っちょろい理想なんて、馬鹿馬鹿しくて聞いていられない。
夫人「かつては私も爵位にばかりこだわっていたけれど、今はそれが間違いだったとよくわかるわ。女の幸せは、誰より愛した人に包まれること。愛した人の子を抱いて、その旅立ちを見届けることなのだわ」
シラー『ナニソレ? 私の幸せは、お金と地位で満たされるの。男なんかその後でいくらでも買えばいいんだから』
夫人「シラー。アナタだけは、私が何としてでも守ってあげる」
シラー「……!」
泣き腫らした夫人に抱きすくめられて、斜に構えていたシラーは少し驚いた。
夫人「アナタと血は繋がらなくても母親のつもりです。アナタを苦しめる全てのものから遠ざけてみせるわ」
シラー「…………」
夫人「だから、幸せになるのよ。可愛い愛しいシラーブーケ」
夫人は恋敵の娘の額に優しく口付けた。
シラー「………はい…………お母様………」
夫人「きっとマルガレーテもアナタの幸運を祈っているはず」
シラー「はい」
義母の温かい胸の中で、このまま、一生を伯爵家で終わってもいいかなと、少しだけ思った。
病気で死んだ生母マルガレーテも同じように言ってはシラーを抱きしめていたが、結局、幸せではなかった母の言葉は空疎に聞こえていた。
それなのに今になって響くのは、若すぎる死が身近に起こったせいだろうか。
義母の腕の中が心地よいのが不思議でならなかった。
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