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レイディ・メイディ 50-5
2008.07.13 |Category …レイメイ 49-51話
夫人「いいから、メイディ……ほら」
後を引き取って、母親が卓上に用意された紙とインクを指し示す。
メイディア「んもぅ。手が汚れます」
仕方なく、それに従って手をつく。
メイディア「これでいかが?」
失礼、と言って、年老いた神父が手形を見比べる。
当の本人が手を洗うために部屋を出て行ったあとで、神父は伯爵に告げた。
神父「あのお方はメイディア嬢ではありません」
部屋の空気が凍りついた。
▽つづきはこちら
夫人「どういう……ことですの?」
夫人の問いに伯爵は疲れたように肩を落とした。
伯爵「シラーがメイディアかもしれないということだったね」
夫人「……マルガレーテはペンダントにそれを匂わせる言葉を書き残していましたわ」
伯爵「だから調べさせたのさ。本当に取り替えられていたらとね」
大きく息をつくと、2枚、古びた手形を小さな木箱から取り出した。
伯爵「子供が生まれたときに手形をとって教会に納めている。これは通常、死ぬまで開けられることはないのだがね。貴族の相続問題ですり替え防止のために考え出された策だ」
ばあや「では……」
メイディアの最も愛する教育係の老婆がさっと青ざめた。
けれどその変化に誰も気づかない。
夫人「では、本当にシラーがメイディだったということですの?」
伯爵「残念だが、違う。シラーはシラーだ」
ばあや「……ああ……」
夫人「では問題ないではありませんか」
伯爵「それが大有りなんだっ!」
普段はおとなしい性質の伯爵が感情に任せて机を叩いた。
夫人と老婆が驚いてすくみ上がる。
伯爵「あの子は、メイディアでもシラーでもない!!」
夫人「何を言っているのです!? あの子はメイディアです、それ以外の誰だというのです!?」
伯爵「だが、幼い頃にとったこの手形と形が違い過ぎる!」
ドアが開いた。
メイディアが戻ったのだ。
全員が注目する。
メイディア「ワタクシがメイディアではない? どういうことですか、お父様」
伯爵「戻ったか」
隠し立てするつもりのない伯爵が固い声で言った。
メイディア「お父様、ワタクシがメイディアです。よくご覧になって下さい。どうして貴方の娘をメイディアでないとおっしゃるの?」
伯爵「それは私が知りたい。君は誰だ!?」
夫人「いい加減にしてちょうだい!!」
叫んだのは疑われた娘ではなく、母親の方であった。
夫人「メイはメイです! 何ですか、そんな証文! 大きくなれば変わります! この子はメイディアです!!」
夫人が駆け寄って、娘を抱き締める。
伯爵「この手の模様は生涯変わらないものなのだよ」
夫人「そんなのわかるものですか!」
「……そうだわ。教会が取り違えたんです! そうに違いありません!! 自分の子供をやお疑いになる前に、ちゃんとお調べになったらいかが!?」
神父に指を突き付ける。
神父「お気の毒ですが、奥様……。この証文は伯爵の前で箱にお入れし、封をしてサインされて保管されております。一度でも開けば、わかるようになっておりまして……」
夫人「どうだか! なくしてしまって後であわてて勝手に作ったとも限りませんからね!」
神父「そのようなことは決して……」
はげ上がった頭に汗を浮かべて縮こまる神父。
伯爵「やめなさい。これが事実だ。それよりもメイ。本当のことを教えてくれないか。……いつ、すり替わったのか」
メイディア「お父様は………ワタクシよりもその紙切れをお信じになるのですのね?」
怒りからか悲しみからか、真っ青になった唇をわななかせて立っている。
伯爵「シラーを調べるつもりだったのに、まさかメイがメイでなかっただなんて……」
頭を振る。
伯爵「私も信じたくはないよ。けれど、その髪、その肌、その痩せ具合。私の知っているメイディではない」
夫人「何をおっしゃるの、貴方! 髪は切れば短くなりますし、養成所で訓練を受けていたのですもの、痩せもするし、肌も焼けます! 自然ではありませんか」
伯爵「私はね、ひょっとしたら、本物のメイはまだ養成所にいて、ここにくれば捕まるからと別のメイをよこしたのではないかと思っている。手形もこの子に取らせた! どうなんだね?」
夫人「別のメイディ? まさか」
伯爵「最悪、こうでなければいいとも思っていることがもう一つ」
メイディア「…………」
夫人「最悪?」
伯爵「我が娘は殺されていて、もうこの世になく、代わりにいるのがこの娘だ」
ステッキを突き付けると夫人の目が見開かれた。
夫人「つまり……途中で入れ替わっている……と?」
驚きに固まった顔を腕の中に引き入れた少女に向ける。
母親も今、一瞬疑った? メイディアは向けられた視線をそうとらえた。
メイディア「何の茶番ですか、帰ってくるなり! お母様のご病気は嘘で、今度はワタクシを他人扱い! ワタクシがアッと言ったら笑い出すおつもりなのでしょう!? ワタクシが黙って出ていったからって、こんな大掛かりな冗談で逆に驚かしてやろうとお思いなのね!? こんな子供だましが通じるものですか!」
足を踏み鳴らす。
けれど伯爵はにこりともしなかった。
伯爵「聞けば、性格が変わったようにおとなしくなったようじゃないか」