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レイディ・メイディ 第50話
2008.07.12 |Category …レイメイ 49-51話
第50話:メイディア=エマリィ=シャトー
初雪のちらつく頃。
母、危篤。
その情報が伝えられて、顔を青くしたのはメイディアとシラーブーケ、両名だった。
帰郷を許されない薔薇の騎士団養成所でも、親の生き死に関わる際だけは特別に許可が下りる。
シャトー伯爵家から遣わされた馬車に乗り込み、友人たちに見送られて二人は養成所を出立した。
メイディア「お母様…! お母様…!」
道中、メイディアは女神ローゼリッタに一心に祈りを捧げ続けた。
愛する母を連れて行きませんようにと。
もう一人、シラーブーケの気持ちも穏やかではいられない。
シラー『冗談じゃない! あの母親に死なれてごらんよ。今までの私の苦労が水の泡! 何としてでも持ちこたえてもらわなくちゃ』
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シラーを擁護してくれるのは、実父の伯爵よりも義母である夫人の方なのだ。
実父は自分の犯した罪の形がシラーブーケという子供であれば、目障りで仕方がないはず。
それを言うなら義母の方が、裏切られた事実をつきつけられるのだから疎ましく思っても良さそうだが、そこは手を打ってある。
人は自分に似た者に安心するもの。
だから似た者同士の伯爵と自分は愛し合ったのだ。
そう実母が言っていたことを忘れなかったシラーは、徹底的に伯爵夫人の動作を真似たのである。
あからさまだと思わせない程度に髪形や服装の好み、食べ物の好みから仕草まで。
本当はメイディアではなくこのシラーこそが娘ではないかと錯覚させるよう仕向けたのだった。
夫人は自分の希望にそわなかった娘に対して不満がある。
そこを上手くついて聞き役に徹し、時には夫人に同調して怒りを露にし、時にはメイディアを持ち上げて理解力がある優しい娘であるところを夫人にアピールし続けた。
加えて夫人は女性で母。自分の夫のせいで可哀想になった子供を見捨てられまいとその演出にも細心の注意を払った。
シラー『それが! ポックリいかれてたまるものですか! 私の夢がかかっているのよ』
数日をかけて懐かしの我が家に到着した二人の娘は、馬車から降りるももどかしく、屋敷に転がり込んだ。
ところが床に伏せているハズの母親がロビーに立って向かえてくるではないか。
肌艶はこの上ないほどよく、どう見ても健康そのもの。
メイディア「だましたのね!?」
口から炎でも吹き出しそうな勢いでメイディアが叫んだ。
けれどさらに激しい夫人の金切り声で返されてしまう。
夫人「メイッ! その髪はどうしたの!?」
メイディア「邪魔なので……切りました」
不服そうに答える。
夫人「なんてこと! 髪は女の命だというのに」
めまいがして、階段のてすりにつかまる夫人に使用人たちがあわてて駆け寄った。
メイディア「なければないで楽に感じますわ、お母様。それに短いのも悪くないって……言って下さる殿方だっているもの」
夫人「ああ、こんなに日に焼けて……。真っ黒ではありませんか!」
メイディア「赤薔薇や青薔薇の生徒はもっと黒いわ、お母様。これでも白い方です」
夫人「その痩せようったらナニ!? 骨と皮! 養成所では食事もまともに用意されないの!?」
メイディア「違います。キレイになろうと思ってのダイエットですわ。……ちょっぴり行き過ぎてしまったようですけど、だいぶ戻ってきておりますし、ご心配には及びません」
けろりとして娘は言う。
夫人「ああああっ、もうっ!!」
貴婦人は色白で華奢でなければならないというのに、メイディアの姿と言ったらどうでしょう!
自慢の金の巻き毛は無残に切り取られ、白かった柔肌はこんがりと。
ふっくらしたバラ色の頬は、げっそりと痩せて見る影もない。
こんななりでは農家の娘と間違われてしまうのではないか。
シャトー伯爵夫人は可哀想に、倒れてしまいそうなくらい顔色を変えていた。
夫人「アナタは自分がお嫁に行くのだということを覚えているのでしょうねぇ」
メイディア「覚えていますけれど、行きませんわよ。前にもお断りして下さるように言ったではありませんの」
つんとはねつけて、逆に詰め寄る。
メイディア「それよりもお母様、危篤だなんて嘘をおっしゃいましたのね!?」
夫人「そうでもしないと帰って来ないでしょう、アナタは」
メイディア「ええ、ええ、戻りませんとも! ワタクシは薔薇の騎士になるのですからね」
夫人「お黙り! 何が薔薇の騎士ですか! 貴族の娘がはしたない!」
メイディア「お母様はお考えが古いのよ。女性も沢山いますわ。女だって戦える時代です」
夫人「それでも。貴族の娘がだなんて聞いたことがありません。さぁ、婚姻の準備に早速とりかかりますよ。アナタには結婚してからの作法を何も教えていないのですからね」
メイディア「お母様がこれぼとご健勝であるならば、ワタクシ、失礼致しますわ。まだまだやることが山ほど残っておりますの!」
話半分に切り上げて、かかとを返す。
夫人「戻るのはこの家にでしょう! お願いだから言うことを聞いてちょうだい」
やりとりを聞いていたシラーは、嫁ぐ話は聞いていなかったなと思った。
とにかく家に帰るように仕向けてくれとは頼まれていたが。