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レイディ・メイディ 50-6
2008.07.13 |Category …レイメイ 49-51話
メイディア「変わっておりません。だいたい、部屋の中身も全部言えますし、これまでの思い出だって……きっとお父様がお忘れになっているでしょう思い出だって……全部……」
強気を保っていたが、やがて声は涙に濡れてか細くなっていった。
帰ってくるなり、この仕打ちは何なのだろう。
全く身に覚えがない。
メイディアであることは間違いないから、誤解はすぐに解けるであろう。
それよりも父に疑われた事実が悲しかった。
父はどうしてこのようなことを言い出したのだろう、突然。
その真意がわからない。
メイディア「いくら何でもあんまりですわ。声をお聞きになればすぐにわかりましょうに。顔かたちが似ても声まで同じ人間なんてそうはいません」
伯爵「…………」
▽つづきはこちら
けれどこれは証拠にはならなかった。
残念だが、伯爵は娘の声などあまり記憶していなかったのである。
ほとんど会わない上に腫れ物を扱うように接していた。
会わないですむならそれでもいいと思っていた面倒臭い子である。
両親の前では良い子で通していたが、使用人たちからその悪童ぶりは聞き知っていた。
小動物をいじめ殺すような女の子では、愛しいと思えと言うのが難しいだろう。
伯爵「今じゃなくて、ずっと幼い頃に変えられていたとしたらどうかね?」
夫人「どういうことですの?」
泣きべそで答えられなくなった娘の代わりに夫人が問い返す。
伯爵「例えば、君が他の男と作った子供だったりね」
矛先は妻に向かい、そしてこの言葉は彼女の怒りに火をつけた。
夫人「よくも……よくもそのようなこと! シラーをご覧なさい! シラーに会って来なさい!! シラーは貴方の子よ! 私は生んだ覚えがないのに、貴方の子なんですよ!? その貴方が、私に……っ!!」
伯爵「だから君は私を恨んでいた。長い間、ろくすっぽ口も利かないほどにね。私に対する仕返しとして、他の男との子供をすり替えてもおかしくはない」
メイディア「お父様! 口が過ぎますわ!!」
涙に濡れて聞いていたメイディアが、とうとう父親の頬に拳を叩きつけた。
母を愚弄することだけはどうしても、父親であっても許せない。
いや、父親であるからこそ許せなかった。
伯爵がよろめいて、ソファーに倒れ込む。
夫人「貴方!」
ばあや「旦那様!」
神父「伯爵!」
鼻血をふき取り、
伯爵「お前はこの父を……なんて子だろうね!」
メイディア「お父様が悪いのです! 自分の過去の過ちを棚に上げて、罪のないお母様をお責めになるとは……言語道断ですわ!!」
伯爵「誰のせいだと思っている!」
伯爵は素早く立ち上がり、娘の頬に平手を見舞った。
床に尻餅をつくメイディア。
ばあや「お嬢様!」
夫人「まぁっ! 女の顔になんてことを!」
二人に助け起こされたメイディアが叩かれた頬に手を当て、父親に向かって叫んだ。
メイディア「誰のせい? もちろん、お父様ですわ! 今、よーくわかりました!! お父様はメイがお嫌いなのよ! だから理由をつけて追い出そうとしているのだわ!!」
伯爵「そんな単純なものではない! メイディアがどこかに消えているという事実がここにあるんだ!」
証文を床に叩きつけ、神父が拾い集めた。
メイディア「メイディアはここにいます! お母様を愚弄するなんていくらお父様であっても許しませんよ!!」
夫人「メイディア……」
伯爵「この中で嘘を言っているのは誰だ!? 今すぐ、名乗り出てくれ! 私は混乱している! 私のメイディはどこにいったのか!?」
ヒステリックになって伯爵はわめき散らした。
夫人「そうです、貴方は混乱してご自分が何を口走っているかわかっていらっしゃらないのよ! この話はもうおしまい!! さ、メイ。アナタは部屋にお戻りなさい。お父様の言葉に耳を傾けてはダメよ。貴女はメイディア……それでいいじゃない」
娘を促す。
しかし伯爵はそれで許そうとはしなかった。
伯爵「いいのか! 君が嘘をついているのでなければ、ひょっとしたら、君の娘がどこかで入れ替わっているのかもしれないのに!」
夫人「だとしても、この子はもう私のメイディアです!」
メイディア「お……お母様……」
どれだけこの言葉を待っていただろう。
これまでの16年が報われた気がして、メイディアの胸が熱くなった。
母にしがみついておえつを漏らしたとき、老婆がそっと手を挙げた。
ばあや「…………私です、旦那様」
伯爵「!?」
夫人「!?」
ばあや「私がお嬢様をお取り替えあそばしました」
伯爵「な……何を言い出すんだ」
夫人「私たちの争いを止めようとしているのね? だったら……」
ばあや「いいえ、奥様。私が生まれて間もないお嬢様を、お取り替えしたのでございます」
弱々しいその告白に、誰もが言葉を失う。
夫人「どうしてそんなこと……」
ばあや「稚児であったメイディアお嬢様が………亡くなっておられたからでございます」
メイディア「……では……ではワタクシは一体誰なのです!?」
めまいを覚えて、インクが乗っていた机に手をつく。