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レイディ・メイディ 29-5
2008.03.27 |Category …レイメイ 29話
目に見えた、強さという効果がある魔法ばかりを習って、人様に役立つ薬に興味が持てなかったクレス。
育ての親である祖母を失うことによって、永遠に手に入らなくなったと思っていた薬草で作った塗り薬は身近な人間が持っていた。
どうやって作ったのか、薬をわけてもらえないか。
何度も言い出そうと思ったけれど、それはできなかった。
ばぁばに覚えておきなさいと耳にタコができるほど言われていたのに、そうしなかった後ろめたさがあったからだ。
これを簡単に手に入れてはいけないような気がして、一言、頼むことができずにいたのである。
そうでなくとも他人に頭を下げるのが大の苦手ときている彼だから尚更だ。
現在は、誘われたのに“乗ってやる”という建前をとった形で、保健医・ミハイルの元で本格的な薬剤の勉強をしている。
これでばぁばの薬が手に入るならいいのだ。
ばぁばの言ったようにちゃんと自分で覚えて手に入るのなら。
よそから安易に完成品を受け取ってはならない。
少なくともクレスはそう心に決めていた。
独りよがりの決まり事でも、きっとその方がばぁばも喜んでくれる気がする。
▽つづきはこちら
クレス『ナツメもこれを持ってるってことは……意外とポピュラーなのかな、この薬』
そんなに難しくないなら、再現するのもそれほど遠い未来ではないかもしれない。
氷鎖女「少し……匂うけど……」
言って、上から軽く包帯を巻く。
ナツメの上に担任の教官を、その上に亡き祖母を重ねて見ていたクレスは声をかけられて我に返った。
クレス「……いいんだ……匂いなんか……」
他人からの親切に慣れていないクレスは、さっと手を引っ込めて再び顔を赤らめた。
病人みたいに青白くて、どうかすると体温が感じられないのではないかと思えるナツメだったが、唇もかかる息も温かかった。
ただ、触れた手のひらがクレスよりも硬くて筋張っていたのが少し引っ掛かったが。
針で突っ突き出されるのを嫌がるからこういうことになったのだが、そこまで頭の回っていないクレスは単純に“可愛い女の子”に優しくされたことでやや舞い上がり気味になっていた。
周囲から言われるほど彼は残忍でもクールでもない。
実のところ、中身は至ってオメデタイ性格なのだった。
クレス『非常事態だからさ、うん』
巻かれた包帯をしげしげと眺めながら、またも誰に向かうとでもなく言い訳をする。
女の子がみんなこうならいいのに、と、下で痛い痛いとわめくメイディアの声を聞きながら思った。
相手が優しい女の子なんかではないと知りもしないで。
彼は気づくべきだったのだ。ナツメの手が硬いことに。
残念ながらというべきか幸せなことにというべきか、このまま今回の試験で気づくことはない。
そう、今回はまだ。
クレス「えと……い、行こうか、ナ……ナツメ」
ぎこちなく話しかければ、ナツメは空を仰いで黙りこくっている。
クレス「……? どうしたの?」
視線を追って同じ方向を見た。
先には、木々の葉に切り取られた狭い空間があるだけだ。
氷鎖女「…………………………」
「妙な霧……おかしい」
クレス「妙?」
氷鎖女「…………………………」
首を横に振って先に坂を下り、クレスも後に続いた。
フェイト「おい、ダレス! 先に行くんじゃない。ダレス」
フェイトたちがいる場所まで到着するとダレスはまだ合流していなかった。
やはり少し離れた場所からチームメイトをせかしている。
クロエ「待ってよ、ダレスったら」
メイディア「なんの! 追いつけば良いだけの話ですわ」
クレスが氷鎖女の手当てを拒んでいるうちにメイディアとフェイトの手当ては済んでいたようだ。
さっきまで尻餅をついて泣いていたメイディアが、急に元気になって跳ね起きる。
彼女がわめいて泣くときの涙はたいてい、本物ではない。
気が済むとすぐにでも止まる便利なシロモノで、ワガママか甘えたいの時の専用涙だ。
本当の彼女はそうそう人前で泣いたりはしない。
特に泣くことで負けを認めてしまうと感じる場合は、生まれもったプライドの高さが他人に涙を見せることを拒む。
だから何者かのわかりやすい悪意にさらされて、嘲笑を浴びても水をかぶせられる屈辱にあってもあくまで高みからの姿勢を崩すことはないのだ。
今も同じ。
ついさっきまで泣いてはいたが、痛いと言えば優しくしてもらえるのが本能的にわかっているから騒ぐだけで、その証拠にもうケロリ。
メイディア「霧なんて平気だわ」
フェイト「それでコケてりゃ世話ないな」