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ゼロのノート

ト書きでカンタン☆ 気楽に気軽に創作物語。

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レイディ・メイディ 69-4

 報告書を受取ったニケは白い竜に乗り、ローゼリッタ城を目指した。
 城に到着するや腹心の家臣が彼の帰りを待ちかねていたように駆け寄る。
 白竜の翼は家臣の白髪と髭、長いローブを激しく煽って、静かに芝の上に着陸した。
 
家臣「ニケ様!」
ニケ「届いたか」
 
 首を垂れて竜が主を背から下ろす。
 齢を重ね、すっかり腰も曲がった老家臣は、80年前と変らない少年の姿を保っている小さな師に手紙を握らせた。
 密かにゼザ=マグディナスに送らせていたものである。
 女王に会う前に家臣の部屋を尋ね、そこで手紙を開く。
 
ニケ「変ったところはないようじゃな、今のところ」
 

▽つづきはこちら

 先程、ヴァルトとナーダから受取った報告書と見比べて、差し出された紅茶に口をつけた。
 ゼザは薔薇の騎士団とだけでなく、十二賢者のニケとも取引をしていたのだ。
 ジャックが下手を打った場合には、ダンラックに逆手にとられる前に彼を殺害する役目を担っている。
 そして賢人ニケは、ジャックの死をダンラックに結び付けられればいいと考えていた。
 ジャックが上手くダンラックの罪を暴けたのなら、それが最善である。
だが、万一、失敗をしたときのためにも二重、できれば三重の備えは必要である。
ダンラックが自らの罪を隠すためにジャック殺害に及んだというシナリオが、ニケの中で出来上がっている。
もちろんそのために彼に死んで欲しいと願っているわけではない。あくまで失敗した場合の話だ。薔薇の騎士団の背後にある女王が仕組んだ、公爵暗殺の手の者として利用させるわけにはいかない。ならば、こちらから仕掛けるしかない。
……そういうことである。
 
ニケ「ワシも彼の若者を信じたい」
家臣「ええ、若い命を散らすのは本位ではありませんからなぁ」
 
 二人の老人は疲れたように肩でため息をついた。
 ローゼリッタに暗い影を落とす公爵の存在を取り除きたい。
 できれば犠牲を最小限に抑えて。
 紅茶を飲み干して、ニケは女王の間を目指した。
 目通りの許可は事前にもらってある。
 
女王「ニケ、よく来てくれました」
 
玉座から立ち上がって親愛の微笑を湛える女王。
人払いをというニケの願いに応じて衛兵を遠ざけ、二人きりの空間を作った。
 
ニケ「陛下にあらせられましては、ご機嫌麗しく」
女王「ニケも」
ニケ「いいえ、陛下。ニケはご機嫌麗しくはございません」
 
 片膝をついたニケがピリリと辛口に返し、女王の微笑みはたちまち苦いものへと変った。
 
女王「ニケちゃん、怖い」
ニケ「女王!」
女王「ひゃい」
 
 そうでなくとも頭の上がらない師に強い口調でたしなめられ、首をすくめる。
 
ニケ「もう限界です。姫に全てを打ち明けて、白へ戻っていただきましょう」
女王「でも……約束したではありませんか。あの子が修了するまでは、と」
ニケ「事態は深刻になりつつあります。奴目は本気で姫を狙っておるのですぞ。ヒサメの血筋の者が吐いたことをお忘れでございますか?」
 
 ヒサメ一族のシズカの兄とやらがダンラックに雇われたとあっさり弟に漏らした。
 彼ら一族の目的は、一族の掟を破った者へ対する制裁であり、この国の事情などどうでも良かったに違いない。
 公爵を利用して、ターゲットであるシズカを見つけ出せばそれで良かったのだ。
 だが雇われたからには公爵の目的も果たさねばと姫とジュール、オーロールを持つ少年をさらっていった。
 結果的には、シズカは自らの一族を全て倒し、姫と少年も無事連れ戻されたのだが、だからといって一件落着ではない。
今後もありとあらゆる手で姫の命を狙ってくるに違いないのだ。
せめて、シズカがヒサメ一族の誰かを死なせずに捕らえていたらとニケは思わずにはいられない。
そうすれば少なくとも、証拠の一つになったものを。
 これだけでは不十分であったとしても、証拠固めの一つにはなりうる。
 返す返すも残念である。
 
ニケ「姫が何も知らないために、別の誰かが犠牲になることも考えられます」
 
 女王が産まれたその瞬間より仕えていたニケにとって彼女の痛いところをつくのは朝飯前である。
 可哀相なくらいに彼女の肩が落ちた。
 母心としては、娘に身分など関係のない世界で青春時代を過ごさせてやりたかったのだ。
 姫として、女王として城へ上がれば、重い責務がその細い双肩に嫌でも圧し掛かってくることになる。
 ローゼリッタの全てに責任を持たされるのである。
 そして地価に眠る、いばら姫    もとい、魔女シレネの封印のために一生を捧げなければならない。
 現女王も何も知らされず、武家の子として育ち、薔薇の騎士団養成所で少女時代を過ごした。
 卒業と同時に城から迎えの者が来たときのことは、今でも覚えている。
 初恋の少年と引き離され、今の今まで家族と思っていた者たちは実は赤の他人。
 かしずかれてもう二度と昔のように叱ってくれたりはしない。
 身分違いという理由で初恋の少年とはその日以来、会わせてももらえず、好いてもいない初めて会う貴族の男と子供をもうけた。
 籠の鳥である彼女の喜びと言えば、初恋の少年だった人が薔薇の騎士団で手柄を立てた、出世をしたという噂話。それに娘の成長だけであった。
 例え娘に母と思われていなくとも、彼女が養成所で元気にしていると聞くだけで心が安らいだ。
 そんな彼女としては、娘にできるだけ長く平穏な暮らしをさせてやりたかったのである。
 ニケとしてもその気持ちはよくわかっているつもりだったが、危険は差し迫っている。
 ひょっとしたら、一刻の猶予もないかもしれないのだ。
 
ニケ「女王! ご決断を」
 
 思いやる心に蓋をして、ニケは厳しい決断を迫った。
 
女王「でもニケ。そのためにヒサメを姫と少年につけてくれたのでしょう?」
ニケ「それはそうです。あの者が常に影から姫様たちをお守りします。しかしながら、姫を捕らえようと数多の刺客が襲い来るでしょう。その場合、他の学徒に被害が飛び火する可能性が大きいと思われます」
 
 黙ってしまった女王になおも続ける。
 
ニケ「姫が城にお戻りになり、しかるべき護衛をつけて過ごされれば危険は大幅に軽減され、巻き込まれる者も少なくなりますぞ」
女王「………………」
 
 女王は諦めたように息をついた。
 娘を側におけるのは嬉しいが、果たして彼女は17年間も放っておいた自分を母親と認めてくれるだろうか。
 きっとダメだろう。
 そう思うと再会も心苦しい。
 けれどニケの言うことは全てが正しい。
 とうとう女王は承知しましたと小さく頷いた。

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