みやまよめな：７０

　泉。

声１『社、社……。真実を見よ……。お前の言う“神崎様”は…………』

 

都「戻ってこい……社……さもなくば……」

 

 

　お堂の中。

人形が涙する。

赤い、血の涙。

右目より。

これは警告。

　突風に煽られ、社の髪が激しく踊る。

 

社「この風は御神崎様じゃない……！！　鬼がまた邪魔をしているのだ！！」

　『そうだ、前に鬼を呼んだ時も突風が吹いて……。今も鬼めが私の邪魔をしようとしているッ！！』

 

　ここに尋ねてきたときも、鬼の声がした。

そして自分は気を失ったのだ。

　あれは後から都だったというが、今にして思えばきっと都に憑いた鬼だったに違いない。

　自分が真実に近づいたので、邪魔をしにきた。

…………その考えはあっていた。

　…………が、……しかし……

 

社『だが姉上のところに鏡で封をしてきた！！　これが最期のあがきかっ！？』

　「うっ」

 

　土や小石が舞い、叩きつけてくる。

腕で顔をかばう。

 

社「くそっ！！」

 

　小さく、どこからか声。

 

声「誰ぞおらんか、誰ぞおらんか」

社『出た！！　鬼！？』

 

　とっさに『骨を取り返しにきた』と思い、お堂の中に転がり込む。

　戸を閉める。

 

社「ふぅっ、はぁっ！！」

 

　声は「誰ぞおらぬか、誰ぞおらぬか」を繰り返している。

 

社『……どこから聞こえる！？』

 

　頭の中で野太い声が響いた。

聞こえたのは…………頭の中の記憶だったのだ。

 

声「匂うぞ、匂うぞ。隠れても無駄だぞぅ」

幼い社「…………ひっ…………」

幼い都「しゃべってはダメ」　小声で言い、社の口をつむがせる。

 

現在の社「……そうだ……私たちはここで……」

 

　声「童の匂いがするぞ、男の子(おのこ)の匂いがするぞぉ～！！」

　　ギクリとする幼い二人。

　　声の主は突然、お堂の扉に顔を近づけ、爪を立てる。

　声「みぃつけたぁ～」

　社「おのれぇ、化け物め！！」

　　社は顔をつけて覗いてくる“何か”の左目に持参してきた木刀を突き立てる。

　声「ぎゃあああぁぁぁっっっ！！！！」

 

現在の社「……思い出したぞ、思い出した……」

 

　そう、自分たちはここで鬼に遭遇したのだ。

　会って、それでどうしたか……？

　そんなふうに記憶が蘇ってくる間に、日は落ち、夜を迎えていた。

 

 

　町を闇にまぎれて鍬や鎌、刀などを持った者たちが群れなして城を目指す。

　城で都は

 

都「社！！　社……っ！！！！」

 

　弟の社をヒステリックに呼び続けていた。

　未来が見える。

今すぐそこにある危機が。

 

椿「しっかりして下さい、どうなすったんですか！？　社様はじきに戻ってきます」

都「…………………じきにでは遅い……遅いのです」

 

　心、ここにあらずといった表情。

目は見開き、青ざめている。

 

椿「？」

都「見えても変えられぬことはある……」

椿「は？」

都「……母様……」

 

　ふいに少女であった頃を思い出す。

　自分は未来が見えていながら、母を救えなかったのだ。

　そして、今度もまた……

 

椿「都様？」

都「………………椿……。都の頼みを聞いておくれか？」

椿「……鏡がどうのというのでなければ……なるべく……」

都「では……万次丸と共に遣いに行って来ておくれ」

椿「……え？　万次さんと？」

都「ええ……。遠く、遠くへ。家族も連れてお行き」

椿「……？」

都「旅は………遠いから……」

 

　大きな瞳から、一粒の涙。

 

椿「早く、戻ってきますからねっ！！」

都「……お前たちにしか頼めないのです。お願いしましたよ」

 

　今すぐ発てと言われた行き先は、都の母の実家。

　手紙と大金を持たされ、椿は万次丸、そして自分の家族と連れ立って、あわただしくこの地を出て行くこととなった。