HOME ≫ Entry no.612 「みやまよめな:50」 ≫ [618] [617] [615] [614] [613] [612] [616] [610] [609] [611] [608]
みやまよめな:50
2008.06.05 |Category …みやまよめな
ふいにすぐ側で犬が吠えた。
社「!!」 ドキッ。
犬「ワンワンワンワンッ!!」
犬は社の飼い犬だ。
社「なんだ、玄米か」 ホッ。
玄米「ワンワンワンッ!!!」
社「ただいま、玄米。……おいで……」
手を出す。
玄米「………………」
スンスン鼻をヒクつかせながら寄ってくる。
社「……?」
いつもなら尻尾を振り回しながらやってくる玄米は今日に限って、警戒をしながらにじりよってきた。
▽つづきはこちら
そんな姿を瞳に映しながら、
社『……よく見ると玄米はコロコロ太って………………………ウマソウだな……。赤犬はうまいって本当かな……?』
などというおかしな感想がふいに頭をよぎったところで……
玄米「ガブッ!!」
手を咬まれた。
社「あだっ!?」
玄米「ぐるるるる~っ!!」
社「ッ!! このっ!!」
急激に怒りが沸いてくる。
社「馬鹿犬っ!!」
手を振り払って立ち上がり、犬の腹を蹴飛ばす。
玄米「キャンッ!!」
声を聞いて、裏庭に万次丸が駆けつけた。
万次「何事ですかっ……って……あ、社様!? 帰ってらしたんですか」
社「ああ……」
手をさすりながら答える。
玄米「キャウン、キャウン……」
弱々しい声。そんな飼い犬を続けて、2度、3度蹴飛ばす。
万次「わぁっ!? 何をしてんスか、社様っ!!」
あわてて止めに入る。
玄米「きゅう~ん」
怯えて尾を股の下に隠す。
社「だって、玄米が私の手を咬んだのだ」
万次「だからって……こんな、可哀想に……」
ヨロヨロしている犬をなでてやる。
万次「どうなすったんですかい? あんなに可愛がっていた犬じゃありませんか」
玄米は子犬の頃に社が拾って来た犬だ。
大雨が続いて川が氾濫(はんらん)し、流されていた子犬を社が連れて来たのだった。
それからずっと犬は社に懐いていたし、社もこの犬をいつも可愛がっていたのだが……。
社「いきなり咬むからだ。……うるさいし」
万次「……? 社様?」
社「……そいつ…………始末しておいてくれ……」
暗く、冷たい瞳。
万次「え? ちょ、ちょっと待って下さいよっ!? ホントにどーちまったんですかいっ!?」
社「どうもしない……。頭に来たんだ」
万次「おかしいですよ、社様……」
社「…………おかしい? 何がだ」
万次「都様といい、社様といい……。何だかお人が変わったみたいに……」
社「!! 姉上といい、…………私といい?」
『姉上はわかるが…………私は私のままだ……』
万次「そうですよ。犬に当たるなんて……そんなことしたことなかったでしょう?」
社「…………そう……だったかな?」
万次「そうですよぉ。社様は昔から、動物なんかが好きでしたから……。まさかこんな仕打ちをなさるなんて思いもしなかったですよ」
川に流された玄米を助けようとした社は一緒に溺れて、結局、父に助けられたのだ。
だが、その父も実はカナヅチで息子を助けようと必死で、自分が泳げないのも忘れて川に飛び込んだのである。
……あの頃は、まだ家族は壊れてはいなかった……
万次「玄米は社様の恩人でもある犬ですし」
また逆に救われたこともある。
山で遊んでいてくぼみに落ちた時もこの玄米が人を呼んでくれて助かったのだ。