みやまよめな：５２

　散歩に行ったそのままに一人と一匹は何も持たず、山の獣道を走りだした。

　犬の玄米を背後につけて、社はそれよりも早く走った。

　およそ、人間のスピードではない。

　鋭い草や木の枝に自身を傷つけながら、時に木の枝から枝に飛び移り、身軽な猿のように突き進む。

　夜になってようやくたどり着いた頃には、玄米の方が主人に抱かれた格好。

社「ふぅっ、はぁっ……。さすがに疲れたな。ホラ、玄米」

 

　玄米を下に降ろす。

 

社「姉上を連れていたときよりもずいぶんと早く着くものだな。……それに……」

 

　来た道を振り返る。

 

社「……意外と距離もない……」

 

　こんなので駆け落ちなどと思っていたのかと当時の自分たちがおかしい。

 

社「……ふふん、まだ子供だったな」

 

　言いながら、周囲を見渡す。

　もちろん、山賊の死体などはとっくにない。

 

社「おいっ！！　物の怪っ！！　いるのかっ！？　アレをやったのはお前かっ！？　それともやはり私なのかっ！？　いるなら答えろ、物の怪っ！！　それとも鬼か！？」

 

　暗がりに向かって叫ぶ。

　しかし返ってくるものは何もない。

 

社「………………当たり前だな」　苦笑。

　「行こうか、玄米……」

　『ここへ来れば何か思い出すかと思ったが……』

 

　手掛かりとなる糸口も見つけられなかった。

　道を戻りかけたが、イタズラにもう一度、大きく息を吸って振り向く。

 

社「物の怪ーっ！！　鬼ーっ！！　いるなら出てこーいっ！！　やっつけてやるぞーっ！！！」

 

　その刹那、ゴゥッとものすごい突風。

　木々がざわめき、葉がちぎれて舞い散る。

 

社「うっわっ！！」

 

　思わず腕をあげて顔をかばう。

 

社「……ッ」

 

　恐る恐る固くつむったまぶたを開けてみると、もう突風はなくなっていた。

 

社「……………」

 

　頭や着物に葉をつけたまま、呆然と立ち尽くす。

 

社『………………鬼……？』

 

　しばらく惚けていたが、急にぶるりと体が一震え。

　それで我に返った。

 

社「……玄米……」

 

　今度は慎重に口を開く。

　玄米、頭を上げる。

 

社「帰るぞっ！！」

 

　言うなり、脱兎のごとく駆け出す。

 

 

３，

　晦日の晩がやってきた。

　ほぼ完成に近い城に求婚者たちを迎えることとなっていた。

 

都「まぁ、皆様、そろっていただけましたのですね？」

 

　ぞっとするような美しい笑みをきらびやかな扇で隠す。

　遠方から遥々やってきた求婚者たちは、すでにうっとりと目の前の美姫に見入っている。

 

社「ふん」

都「都のワガママを聞き入れて下さってとても嬉しゅうございます」

求婚者たち「都殿、金のウグイス、お持ち致しましたぞ、ぜひともワシの嫁に！！」

　　　　　「いやいや。それは偽物じゃ！！　こちらにあるのが本物の天女の羽衣！！」

　　　　　「待て待て。こちらも見ていただきましょう。ギョリュウの水晶を」

社「！？　…す……すごい……」

 

　目を丸くする。

 

社『いや、感心している場合じゃないぞ…』

　『姉上が……』

 

　チラリと隣の様子を見る。

 

都「まぁ、ステキですこと」

 

　相変わらずの微笑み。

 

都「では左の方から順にその宝物(ほうもつ)を見せて下さいませ」