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レイディ・メイディ 64-21
2008.09.13 |Category …レイメイ 64話
鎮も応えてゆっくりと腰を浮かせ、同時に突き刺した刀を手にした。
息は整った。
体力もだいぶ回復した。
戦闘準備は万全だ。
先手を切ったのは冴牙だった。
直線的に走り込み、鋭い鉤爪を振り下ろす。
鎮は冷静な動きで小さく身体を丸めて空中に逃れ、着地する流れで蹴りを繰り出した。
身軽さと素早さに定評のある冴牙もそんなぬるい攻撃に当たりはしない。
身を低くかがめて足が通り過ぎると同時に身を起こして次の攻撃態勢に入る。
じりりと円を描くように互いの間を測り、詰める。
地を蹴ったのはどちらからか。
金属が触れる音が短く空気を振動させた。
雨に吸収されてそう遠くまで伝わらない、音。
▽つづきはこちら
鎮が振るった刀を冴牙の爪が受け止めたのである。
そのまま折ってやろうと冴牙は力を込めたが、鎮は刀をひねって爪の檻から抜き取った。
後ろに跳んで、また振り出しに戻る。
行く筋もの光の竜が空を横切って、一瞬の光を放つ。
どこかで雷の落ちる轟音がした。
二人は円を描き、相手の隙を狙う。
どちらかが横に走り出すと相手もそれを追った。
鎮は急に向きを変え、地を蹴り、木に足をついてさらに蹴る三角飛びで冴牙の背後に回った。
攻撃を仕掛ける間際に、冴牙は後ろに蹴りを繰り出して、すぐに身体の向きを正面に移して襲い掛かってきた。
スピードに乗った攻防。
ここに観戦する第三者がいたとしても、目では追えないであろう驚異的な速さ。
相手がスピードを上げれば、片方もさらに速くなる。
泥を跳ね上げて走る、仕掛ける、避ける、また走って、いきなり止まって、向きを変えてのフェイント。
無言の内でのだまし合い。
じっとりと暑い空気に北の方から滑り込んできた冷たい空気がぶつかって降らせた激しい雨はいつしか遠のき始めていた。
夏の日差しに育まれ、伸び放題になっていた背の高い草を切り裂き、下火になった炎が照らす中で二つの影はまるで踊っているようだった。
消しきれずに残った赤い炎は、先祖を迎える提燈(ちょうちん)の迎え火、送り火のようで、戦う二人は供養のために踊る舞い手。
それを村の男衆が三人、眺めていた。
一人は炎座。一人は悟六。もう一人は…………
何ももの言わず、ただ、目の前で繰り広げられた賑やかな盆祭りを見つめている。
偲「………………」
祭りの炎に引かれた偲はまだ少し距離のある木の上からそれを眺めていた。
炎座が戦い始めていた頃から、高みの見物をしていたのである。
一応、悟六が殺される前に蝶を飛ばすつもりでいたが、雨に濡れて半紙は使い物にならなくなっていたので、面倒になって捨ててしまった。
空虚な闇と同じ色をした瞳を規模の小さな戦場に向けた。
踊れよ踊れ。
祭囃子が聞こえるぞ。
誰かの声が遠く、耳の奥から聞こえ始めていた。
「あにさま、シズもお祭り行きたい」
太鼓や笛の音に混ざって幼い弟のぐずる声まで蘇ってくる。
記憶の彼方へと得体の知れない何かが偲の袖を引いて誘う。
この西の地に足を踏み入れてからずっとだ。
ずっとこのように昔のことがふいに沸いては内側からあふれ出てくる。
思い出したくもないことばかり。
ほんの些細なきっかけで後から後から留めなく。
いつも表情の見えない彼だから、頭の中でこんなに渦巻く過去の情報に翻弄されているとは誰も思うまい。
何も考えていなさそう。
何も感じていなさそう。
何も見ていなさそう。
……そんなことはない。
偲はいつだって何かに迷っているのだ。
決断はある日突然だけれども。
祭りだ、祭りだ。
また聞こえてきた。沢山のにぎわう声が。
記憶の淵のその奥から届いてくる。
幼い自分が同い年の弟を叱った。
「ダメ! 今日はご先祖さまが帰ってくるから、シズは出てくと15になる前に連れていかれちゃうんだぞ。おとなしくしてな!」
「どーして?! シズもきれぇなべべ着て、お祭り見たい!! おいしいの食べたいよぉっ!」
自分だって行きたいのに、弟がいるせいで出かけられない。
15になる前に連れ去られるなんていうのは口から出任せだったけれど、どうせ村中が集まる日に姿を現せば、悪童どもにいい標的にされて追い回されるのがオチだ。
浮かれていればなおのこと、何をされるかわかったものではない。
祭りを楽しむどころではなくなってしまう。
どうしてそんな簡単なことが想像できないのだろう。
頭が悪いんだからと兄の偲は苛立ちを募らせた。
嫌だ嫌だと暴れる頭にゴチンとゲンコツくれてやれば、弟はいっそう大きな声で泣きだした。
本当に泣き虫で困る。
ワガママを言える相手が兄以外にいないものだから、尚更だった。
父や母にはそんな子はいらないと言われるのを一番恐れている弟だったから、決してワガママは言わないものだ。
兄にだって普段はほとんど逆らうことはない。何を言っても「はい、あにさま」なのだ。
それでも時々は爆発する。
兄だけは自分を嫌ったりしないと安心しているに違いなかった。
楽しそうな祭囃子が聞こえてくれば、心が浮き立つのも無理はない。
あれだけ皆が笑ってはしゃいでいるのだ。
今日ばかりは自分も仲間に入れてもらえるのではないかと悲しいカンチガイをしてもおかしくはない。
けれどそんな素直なワガママをぶつけられる方はたまったものではなかった。
夜になっても鳴きやまない鬱陶しい蝉の声と相まって余計に腹立たしくなる。
兄は駄々をこねる弟を衣装箱に突っ込んで、上から鍵をかけて荷物を乗せてしまった。
やがて浴衣を手にした母が顔を覗かせる。
きれいな着物を着せてもらい、父と母が左右から手を引いてくれた。
「行くぞ、偲」
「ほら、祭りの明かりがキレイだねぇ」
弟がいないとこんなに身軽で幸せなんだと思った。
つい先日の魂の契りなんかその時だけ都合よくキレイさっぱり忘れてしまい、もう二度と箱から出てこなくていいやと酷いことを思った。
けれどいつまで経っても二人が弟の行方を尋ねないので、急に罪悪感が膨れ上がった。
行方を尋ねるどころか名前さえ呼ばない。
あでやかに着飾った幼馴染の初が迎えに来て、とうとう弟の行方を聞かれたが、知らん顔をしてしまう。
罪悪感は祭りの熱気に飲まれてすぐに四散した。
中央に木組みがあって、その中で赤々と燃える炎。
汗を飛び散らせながら、太鼓を叩くフンドシ一丁の男衆。
歌い、踊る女に子供に年寄りに。
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