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ゼロのノート

ト書きでカンタン☆ 気楽に気軽に創作物語。

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レイディ・メイディ 64-19

悟六「勝手なのはわかっておる。ただな、どうせあと1年2年しかもたぬ身であろ? 考えてみてくれ。お前の命一つで助かるものもある。だから、頼む」
 
 炎座や冴牙のようにただ鎮が憎くて言っているわけではない。
 悟六には家族がいた。
 妻と子供が4人。
 2年前、この任務を負って里を出るときには5人目の命が妻の腹に宿っていたのだ。
 もうとっくに生まれて2歳になっている。
何にでも興味を持って見聞きしたがる一番可愛い頃である。
 まだお互いに父子であることを確認していない。息子なのか娘なのか。
 それよりも無事に産声を上げてくれたのか。
 母体も無事なのか。
 

▽つづきはこちら

 貧しい里だ。飢えていないか、疫病が流行っていないか、水害や戦に巻き込まれていないか……ほんの一秒たりと家族を想わなかった時間はない。
 だがいくら思いを馳せても何もわからないのだ、想像だけでは。
 早く母国の土を踏みたい。踏んで不安がっているであろう家族を腕に抱きしめてやりたかった。
 この生まれ哀れな青年の命を踏みつけにしてでも、彼にとって何より大切なのは家族だけだなのだ。
 鎮を連れ帰り、一刻も早く「氷鎖女祭り」を正常に行って、村に平和をもたらさなければならない。
 呪いという恐怖の魔手を供物を捧げ慰めることによって遠ざけなければならない。
 そのために慈悲は無用だ。
 悟六は木の影に転がった哀れな青年に最後の一撃を加えようと鎌を振り下ろした。
 が、いなかったのである。
 獲物はその場から忽然と掻き消えた。
 ……いや。
 いた。
 当然、いた。
 ふらつく頭を抑え、無理を押して枝の上に飛び上がっていたのだ。
 そしてそのまま身を隠した。
 炎によってさらに色濃くした闇の彼方へ。
 
悟六「まだ逃げるか。お前はもう炎座も相手にして力は残っておるまい。苦しみが長引くだけぞ」
 
 気配を探っていると反対側でがさりと何かが蠢く音がした。
 あわてて開けた場所にとって返すと、炎座が立ち上がっていた。
 首から胸を真っ赤に染めて。
 一瞬、炎座が生きているのかと思ったが、そんなハズはなかった。
 のど笛を掻き切られて、耳から直接、刃を差し込まれたのだ。これで生きていられるはずがない。
 だとすると、
 
悟六「死人返り!?」
  『いや……そうじゃない! 人形だ……奴は……!』
 
 人形遣い!
 悟六はすぐに答えにたどり着いた。
 しかし人形を使うにはどれであってもいいワケではない。
 その証拠に偲などはシズカ1体しか使わない。いや正しくはそれ以外の人形を使ったのを見たことがなかったというべきか。
 だからいつも腕に抱いて馴染んだ物しか使えないのだと思っていた。
 偲だけが持つ術を細かく把握しているわけではないから、ハッキリしたことは不明だが、普段から接して力を注ぎ、己と繋がったものでなくば糸を引けないのではないだろうか。
 しかし現実に目の前で起こていることを否定しても仕方がない。
 炎座の死体は立ち上がっているのだから。
 悟六はやがて来るであろう攻撃に備えて構えをとった。
 が。
 背後に冷やりとした冷気を感じた。
 炎の中で。
 地面に視線を落とすと影が二つ、重なっていた。
 自分と…………………………もう一人の。
 背後を取られた。
 同時に起き上がった炎座の死体がまた崩れ、注意を向けさせるための瞬間的な操りだと気がついたときにはもう遅い。
 
悟六「……お、おシズ……」
鎮「振り向くな!」
 
 鋭い声が突き刺さって、悟六の動きを封じた。
 
鎮「……悟六殿、シズは思うのでございます」
悟六「な、何じゃ」
 
 鎌を捨てるように促され、仕方なく手放した。
 
鎮「数百年も前に亡くなった者のご機嫌取りをしなければ生き残れない一族など……いっそ滅びてしまえば良いと」
悟六「そ……それはもっともだな……しかし、それでも我らには営みがある」
 
 会話を少しでも長引かせて、少しでも隙を見せたらこの状態から抜け出そうと神経を集中させた。
 
悟六「母親がいて……子供がその愛情を受け育まれて……思い浮かべてくれ」
鎮「……………………」
 
 できるだけ声を穏やかに相手の良心に訴えようとした。
 相手は自分の命をかけている。里の者たちのことなど秤にかけるまでもない。
戦場でこのような手が有効であるとは思えなかったが、それでも少しくらいの隙が見つかればと悟六は必死になって会話をつなごうとした。
問題は内容ではない。
会話を長引かせて隙を見つけることだ。
鎮「そのようなこと……」
悟六「…………」
鎮「死んでくれとあにさまが……言ぅくれたら良かったのに。こんな手の込んだことをせずとも……かかさまがゆってくれれば良かったのに。独りで首などくくらずに。そしたら……そしたらシズは……シズは喜んで……」
悟六「………お……おシズ………」
 
 危うく自分の方が同情を引かれそうになって、あわてて頭を振った。
 
悟六「そ、そうだな、悪かった……ならば今から、偲を呼ぼう」
鎮「いいえ、もう遅い」
悟六「ま、待て。偲とてお前を殺すのは忍びないのだ。苦しいのだ。せめて……」
鎮「いいえ、あにさまは約束を破った。あそこに存在するもの何一つ、手出ししてはいかぬと始めに言ぅたのに…………重々言ったのに…………もう、ダメ。もう、全員死んでいただくより他はない」
悟六「は、初もか?」
鎮「例外はありませぬ!」
 
 声が徐々に熱を帯び始めた。怒りか悲しみか。心が乱れているのは確かだ。
 悟六は今だとばかりに腰に挿してある短刀を抜いた。
 
悟六「もらったァ!!」
 
 上体をねじって背後の敵に向けて一撃を繰り出す。
 
鎮「…………」
悟六「!!」
  『しくじった!』
 
 あっけなく、弾かれてしまった。
 もう終わりだ。
 汗が噴出した。
 一瞬の間に妻と子供たちの顔がよぎる。
 
悟六「待ってくれ! 待ってくれ、シズ!! 俺には……子供が……生まれたばかりの子供がいるんだ。まだ顔も見てねぇ! もう追わない、見逃す。だから………………会わせてくれ」
 
 恥も外聞も捨てて今度こそ心から願った。
 ゆっくりと膝を折る。
 
鎮「そう……生まれたばかりの」
悟六「頼む……!」
鎮「それは、……………………………………おめでとう」
 
 だが帰ってきた声は硬く、冷たかった。
 刀が炎の明かりに反射して振り下ろされる。
 
悟六「…………あ……が……」
 
 首が胴体と離れて落ちた。
 
鎮「………………」
 
 ぽつんと首筋に水滴が落ちてきて、鎮は空を見上げた。
 低い雲からまたぽつりぽつりと雫が落ちてくる。
 
鎮「………………雨だ」

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