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レイディ・メイディ 70-11
2009.07.29 |Category …レイディ・メイディ 70話
クロエ「ち、誓いの口付けだなんて、わっ、私……」
たちまち顔はトマトのように真っ赤に茹で上がる。
ニケ「何もそう、意識されずとも。ただ騎士の挨拶ですよ、姫」
クロエ「それはわかってるんだけど……む、無理っていうか……その……」
ローゼリッタでは、特に貴族や平民でも上流家庭の間では、軽い挨拶程度に男性が女性の手の甲にキスをするのは常識である。
だが、中流の平民として育った彼女にはそういった習慣がなく、ただの挨拶だとわかっていてもうろたえてしまうのだった。
鎮「まぁ、ニケ殿。かような形式程度の誓いなどせずとも拙者はちゃーんと(金のために)姫君をお守り致しまする。それに……」
ニケ「それに?」
鎮「ゴキブリを素手で打ち倒して、手を洗わずご飯を食べちゃうようなばっちぃ手なんかにちゅーしたくないでござるよ。ウフフフフ~」
左手を口元に当て、右手をひらひら振って嫌~な笑い。
これを聞いて全員が無言のまま可哀想なクロエを注目。
クロエ「ちっ……ちがっ!? んもーっ! 嘘ばっかり!! 人聞き悪い嘘を勝手に創作しないでぇ~!!」
ががーんっ!??
ビックリ仰天。あわてて否定に走る。
乙女に対してとんでもないイジワルだ。
さすがはメイディア嬢を初対面でイキナリ黄金の巻きグソ呼ばわりする男である。
▽つづきはこちら
また強要されれば、元の状態に戻ってしまうだろうが、鎮の方でもクロエに誓いを立てる口付けをする気がないようだった。
ニケ「わかってないな、二人とも。形式はここでは大事なんだよ。ヒサメは表舞台には出ない人間だから、こうして内々に少人数だけで集まっているけれど、本当だったら、左に十二賢者が。右に薔薇の騎士がズラリ並んでこの儀式を沈黙で見守っているところなんだからね! そこで恥ずかしいから嫌だのと駄々をこねている場合じゃないんだ。立場をもっとしっかり意識してもらわないと」
遊びではないのだからとニケは苛つきを口から吐き出す。
クロエ「…………」
まだ納得して受け入れたわけではないのにと不満が口をついて出てしまいそうになるのをぐっと飲み込むクロエ。
相手の言い分がわからないわけではない。
玉座では、生母である女王が不安げにやりとりを聞いている。
自分が口を挟んでは甘やかせてしまうだけなので、全てニケに任せると身を引いたのである。
かつての己自身を見ているようで胸がキリリと痛んだ。
一方、憎まれ役を自ら買って出てくれているニケの苦労を承知しているブラウドも口を挟まない。
兄のガーネットが何か言いかけると軽く足を蹴飛ばして黙らせるのだった。
100年以上もローゼリッタと王宮を護ってきた老獪なニケ=アルカイックに任せておけば、間違いないと信頼しているのである。
それらに代わって助け舟を出したのは、当事者の片方である鎮だ。
鎮「それをおっしゃるのであらばニケ殿。せっかく内々に済ませるのだから、姫が気が進まぬ形だけの儀式を無理に遂行なさらずともよろしいかと。拙者は騎士などという大層な立場ではござらぬ。影の者にて。影の者は下(げ)の下(げ)。大袈裟と思われるやもしれませぬが、下(げ)の者は高貴なる御方(おんかた)に触れてはならぬものでございまする」
ニケ「なるほど、立場は一応はわきまえているか。だけど、魔法を操るならわかると思うけど、これは儀式なんだよ。魔的な」
鎮「……つまり、拙者を縛ろうとお考えか」
やや吊り気味の大きな目が長い前髪の内側でギョロリと動いた。
突然、両者の間に緊張が走る。
クロエ『ど、どうしよっ』
ちょっと照れに負けてしまったがために、話がどんどん大きくなってしまった。
クロエが落ち着きなくニケと鎮を見比べる。
ニケ「それほど重い責任があるということだよ。君は軽く引き受けたつもりだろうがね。そこが問題だ。君は異国の民だから、どこかこの国の命運に対して第三者的だ。それは認めるだろう?」
鎮「おっしゃる通りで」
ニケ「そこまで理解を示してくれるのならば、話は早い。その命を賭けて姫クローディアとリク=フリーデルスに降り注ぐ災いより守る盾となり、敵を打ち払う剣となることを。今、この十二賢者筆頭・白のニケ=アルカイックの前で。できるな、シズカ=ヒサメ」
鎮『ちぃ。食えないジジィだ。今、何重にも規制をかけよって』
ニケの言葉は、信じ切れない相手に対する軽い呪文だった。
名前には元々、呪術的な意味合いがある。
「そのもの」が「それ」であることを形付けるのが名前の役割である。
それまで「何ものでもなかったもの」が、名前を与えられることにより、何かになる。
つまり枠を付けられ、その中に縛られたわけである。
彼は姓と名の両方を声に出し、言霊に乗せることによって、二重にシズカ=ヒサメの存在を捕えた。
シズカ=ヒサメと呼ばれた存在に、姫クローディアとリク=フリーデルスを命がけで護ることを約束させる言葉で幾重にも縛り付ける。
しかしこれらはただの言葉に過ぎない。
いわば口約束で効力はささやか。
無視しようと思えば、たやすいのである。
ただし、ローゼリッタ最高位の魔術師の口から発せられたということが問題である。
今、軽い約束事に魔力という負荷がかかった。
ご丁寧に最後には、ニケ自身の名も付け加えられた。
約束を反故することがあれば、この老獪な魔術師を敵に回すぞとの脅しが含まれている。
鎮「おお、怖や」
はぐらかして肩をすくめ、護衛する対象である姫君に向き直る。
鎮「ま、聞いての通りでござる、姫様。お気の毒でございますが」
クロエ「えと……」
鎮「不快でございますれば、外でも向いていればよろしかろ」
クロエ「ふ、不快だなんて……」
嫌で断ったのではなく、ただ恥ずかしかっただけだ。
けれどその態度は、相手に失礼だったのかもしれない。
焦りでかき乱された頭で自己弁護の言葉を必死に探していると、その間にすっと右手をとられ、相手の顔が落ちる。
ただし、手の甲には何の感触も伝わっては来なかった。
鎮が口づけをするフリでとどめたのだ。
長い髪がさらりと流れて、顔と手を覆い隠してしまい、実際に誓いを立てたのか周りからは判別できなかった。
クロエ『あわわわわわ!??』
実際に手に唇が触れたわけでもないのに、この状態にあるだけでクロエの脳内はパンク寸前だ。
その愛らしさから多くの男性に気持ちを寄せられる身でありながら、当の本人は恋愛事に驚くほど疎いため、ほんのささいなことでもこの通りのパニックぶりだ。
一気に体温上昇。
相手からはどう見えているのだろう。
そう思ったら、さらに恥ずかしくなって逃げ出したい衝動に駆られてしまう。
けれど逃げようにも体が固まってそれどころではない。
順序正しく思考を回転させられなくなったクロエを気にかけることなく、鎮はすぐに離れて会釈する。
混乱に陥ったクロエは相手の心情を気にかける余裕をなくしていたが、実際に口付けをしたなかったのには理由があった。
一つは、触れられることを拒んだクロエを気遣ったため。
もう一つは、主をクロエと認めるのを拒んだため。
鎮『どうせもう長くもないのだから、誓いを立てても問題はないが……ただ言いなりになるはつまらぬもの。引き継ぐごぉるでんが、好きに誓いでも何でも立てるが良いわ。クロエには特別な情を抱いているようだし、ちょうどよい』
そもそもこの仕事を引き受けたのは、働き如何によって貴族の称号を与えられるというから乗ったのだ。
貴族の称号は先の短い自分のためでなく、地位を失った少女メイディアに譲るため。
そのメイディアは知らず、姫であるクロエに精神的にひれ伏した状態にある。
何度となく、クロエが狙われる場面に居合わせ、狙われている当事者が彼女を救っていた。
己が身を省みず、友人をかばうクロエ。
メイディアはワガママの延長線でクロエを危機に陥れたこともあり、それを許され、器の違いも見せ付けられた。
さらには恋においてもあっけなく破れている。
何においてもクロエとメイディアでは格が違うのだった。
初めは妬みでいっぱいだったメイディアは、格の違いを思い知らされ、彼女を姫君とは知らずして一目置き、友人ながら尊敬もしていたのである。
その気持ちがあれば、姫の足元に膝を折ることをいとわないであろう。
人を信じることをどこかに置いてきた鎮と違って。
鎮『……馬鹿な娘だからな』
●Thanks Comments
人を
信じることをどこかに置いてきた....か....。
Re:人を
あくまで物語だからね;
わかってる♪
わかってる♪
これはヒサメ先生の事でしょ(^_-)-☆
ただ相変わらず孤独だな...と。(T_T)
Re:わかってる♪
>読んでて重ね合わせて、暗くなっちゃったのかと思った(滝汗)