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ゼロのノート

ト書きでカンタン☆ 気楽に気軽に創作物語。

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レイディ・メイディ 60-10

何かを考えていたが、思い切ったように兄に向き直り、母国語で語りかけた。
 
鎮「あにさまが何を考えておるや知れませぬ。……が。シズが戻るまでどうかおとなしくしていると約束して下され」
 
 先程の狼狽した様子はすでになりを潜めている。
 ……表面上だけは。
 
偲「………………」
鎮「もしもこの敷地内の何かが、ただ一つでも失われるようなことありますならば、シズは全力を持って貴方を八つ裂きにしてくれましょうぞ」
 
 どっかと椅子に腰を下ろし、傷口を出すために上半身の服を脱いでいる兄を見据える。
 疑いを晴らしたわけではないと警告しているのだ。
 

▽つづきはこちら

鎮「先程は見苦しい姿をお見せしましたが、別のモノがそこにかかるというならば、話は別」
ミハイル『……何を言ってるんだ?』
 
 傷口を消毒して刀傷を縫いながら、いつもと様子の違う同僚を訝るミハイル。
 同時に引き締まった偲の肉体を見て、武器はわからないが少なくとも戦士であることを見て取った。
 
鎮「例え姿をくらまそうと必ずや見つけ出して、相応の報いを受けていただきまする」
ミハイル『ま、久々もいいところだろうから、様子が違っててもおかしくない。……が』
 
 漂う空気が懐かしさよりも緊張感に類するものに感じられて仕方がない。
 だが、言葉がわからない。仮面のせいで表情が読めない。対する兄も素顔のクセに鉄仮面をつけたようにずっと表情がない。
 張り詰めた空気の裏を読み取ろうとしてもこれでは無理だ。
 
ミハイル『どーゆー兄弟だよ、まったく』
 
 傷口を縫っているのに痛みすら感じていないのか、ヒサメの兄という男は眉一つ動かさない。
 他人から見ても異常を感じずにはいられない兄弟である。
 
ミハイル「終ったぞ」
鎮「お手数をかけまして」
 
 兄との会話を一時打ち切り、鎮は丁寧に頭を下げた。
 
ミハイル「頭上げろ。大したこっちゃない」
 
 こういう場合は握手じゃないのかとミハイルは思って苦笑した。
西の大陸の国々では頭を下げる習慣が少ない。
もちろん下げることはあるが、大抵は握手で感謝を示す。
 顔を合わせたとき、別れなどの挨拶、ちょっとした礼でも必ずヒサメ……いや、シズカは律儀に頭を下げるのだ。
 逆に握手をしようとしても、無視されることが多い。
 実際には無視ではなく、こちらが手を出している間に頭を下げてしまっていて気がつかないのだ。
 差し出した手は行き場を失って、苦笑いしなければならないことになる。
 これらがちょっとした日常の文化の違いだった。
 
ミハイル「積もる話もあるだろうが、後にしろよ。ガキ共が待ってるぞ」
鎮「うん、行く前に少しだけ言っておきたいことがござってな。そしたら、すぐにゆく」
ミハイル「ま、いいけどな」
 
ミハイルは手当てを終えると自分の机に戻り、やりかけ書類整理の続きに着手する。
 それを見届けて鎮は兄のすぐ間近まで歩み寄った。
 
鎮「……何でござったか。……ああ、そう。だからと言って、」
 
座ってこちらを見上げている兄の両膝に手を乗せて屈むと耳元に低く脅し文句を囁きかける。
 
鎮「この中のモノが鎮にとって足枷(あしかせ)にも弱点にもならないことも付け加えておく」
 
 偲の黒曜石を思わせる双眸がわずかに動いた。
 
鎮「……俺は……」
 
 何を思ったのか、兄はすっと弟の顔に手を伸ばした。
 弟はそれに抗いもせずに先を続ける。
 
鎮「俺はな、あにさま」
偲「………………」
 
 言わんとすることを理解する気はあるのかどうか。
頬に手の平を当てて、感触を確かめるようになでている。
 が、やはり、鎮はお構いなしだ。ふざける気はないとでも言いたげに。
 
鎮「俺は、自分の周辺を荒らされるのが一等嫌いなだけ。大事だからではない。……わかっていただけるか?」
偲「………………」
 
 額当ての中にも手を入れてみた。
 こめかみの辺りを探って手を止める。
 
偲「………………」
 
 あの呪い”がどこまで進行しているか確認したかったのだ。
 
鎮「偲がシズに会うためにわざわざ来てくれただのと子供の幻想のような夢など、今更、見たりはしませぬ」
偲「……!」
 
 あった。
こめかみ辺りにおかしな感触に触れた。
忘れたくとも忘れられない、忌まわしい、あの女の顔だ。
ふいに指先に痛みを感じて、手を引く。
 
鎮「お役目のために来られたなら、小細工はせずにこのシズだけに刃を向けなされ。それならばいくらでも受けて立ちましょうが、他のモノに手出しはいけない」
偲「…………口数が……多いな、おシズ」
 
 一応は聞いていたらしい偲がようやく口を開いた。
 手を目の前にかざし、小さく“食い千切られた”中指の傷を見る。
 血が赤い珠を作り、親指とこすり合わせると割れてぬるりとした。
 
偲「怖いか、俺が? それとも、それほど大事なものがここにあるか」
鎮「…………」
 
 今度は鎮が沈黙した。
 
偲「あまり強調すると、ナルホド弱みかと……思う」
 
 無遠慮に額当てを引き上げて床に投げ捨てる。
 接触した音に反応して仕事に集中していたミハイルが顔を上げた
 
ミハイル『…………』

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