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レイディ・メイディ 30-4
2008.04.06 |Category …レイメイ 30話
リク『うーん、落ちるな、コレは』
誰も現実を見ない中でリクだけがどうしようもなく冷静だった。
こんなときに何を落ち着いているのか。自分でも神経を疑う。
あと数分……いや、下手をすれば数秒後にはこの腕も力つきてしまうだろう。
そうすれば重力に従って、落下するだけ。
命尽きるまであっと言う間だ。
まだ殺された両親と妹のカタキさえ討てていないのに。
▽つづきはこちら
カタキを討てない、悔しさ……。
そこまで考えて、いや、悔しいのかどうかもわからないな、と思い直した。
カタキ討ちというのは生きるための目的となっていたが、強く胸に迫るほどではなかった。
今そこにある、生き物として最も原始的な感情……死の恐怖ですら曖昧で遠いものだった。
どうしてこう、自分はこんなにも感情が希薄なのか。
いいや、考えるまでもない。原因はハッキリしている。
あの日あの時、彼は心は砕けて家族と共に死んだ。
一面のむせ返るような血と生き物の焼けた嫌な臭い。
元は人間だったと思えないまでに切り刻まれた遺体と無残な焼死体。
その日の夜に自分の誕生日を祝ってケーキを囲み、歌って拍手してくれるハズの、彼が愛してやまない家族の姿だった。
父親の故郷であり、リクにとっては遠い異国のことをいつも話してくれる大好きな父に、それを穏やかに見守る優しい母に、いつも自分のあとをひな鳥のようにくっついてくる可愛い妹に。
コレはこの肉塊は、断じて彼らなどではない。
では、父は母は妹はどこにいったのか。
どこにどこにどこにどこに。
13歳の誕生日。
心に亀裂が入って、粉々に砕け散った。
涙が出ない。
腹は減るけれど、食べても何の味がしているのかわからない。
友達は好きだけれど、上辺だけで薄っぺらい。
腹が立たない。
恐怖を感じない。
嬉しくもなく悲しくもない。
“普通”をとりつくろう、自分は生ける屍だ。
13歳の誕生日は彼の家族と李紅の命日だ。
東の果ての国からやってきた父が、二人の子供にローゼリッタで通じる名前ともう一つ、故郷をいとおしんだ名前をくれた。
李紅と紫杏。
外では「リク」。
家族内では愛称として「李紅」の方で呼ばれていた。
どちらも自分の名に違いなかったが、どちらかといえば李紅の方になじみがあった。
何せ、家庭内で呼ばれる呼び名なのだから。
もう本人以外知るもののいないその名前は、家族が殺害された日にリクの心を抱いて一緒に死んでしまった。
だからここにいるのはただの抜け殻なのだ。
リク『とにかく、アンだけでもどうにかしないと……』
指が痙攣を始めた。
もう、もたない。
静かな頭の中では彼女の避難先を見据えていた。
上にいるメイディアはどうしただろうか。助けを呼びに走ってくれているといいが。
……その頼りのメイディアはといえば、
メイディア「神様、ワタクシに一握りの勇気をお与え下さい。脆弱なこの心に勇気の翼をお与え下さい。勇猛な獅子のように、気高き鷹のように、義侠の狼のように」
祈りの言葉を繰り返し小さく唱えながら、リュックの中身を引きずり出していた。
リク「アン、頼むよ。踏み台にして構わないから、あの窪みに戻ってくれないか。このままだと二人とも“オダブツ”なんだ」
父がふざけてよく使っていた言葉を使用してみる。
「オダブツ」。
この呪文みたいな響きがおもしろくて妹と一緒にマイブームになったこともある。
詳しい意味は知らなかったけれど、ニュアンス的には「オーマイゴット」とか「もう死ぬ、もうダメだ」とかそういう類いではないかと思う。
……実際は違ったかもしれないけれど、ふざけたときはそのような使い方をしていたものだ。
落ち着かせようとした軽いジョークのつもりだったが、生粋のローゼリッタ人のアンに通じているはずもなかった。
笑わせることはできなかったけれど、その不思議な言葉の響きに彼女の注意を向けさせることには成功したらしい。