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ゼロのノート

ト書きでカンタン☆ 気楽に気軽に創作物語。

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性別逆転ナンチャッテ短編。1

まずは春日さんより!
素敵です! こんなふざけたギャグ設定なのに、ちゃんとシリアスお花畑に展開してくれました!!
ときめく!!



たったこれだけに3時間以上かかるなんて…(笑)。
最後のほうとかかなり適当ですが、お目汚し程度にどうぞ。
なんか陽生×勇子+陽影子的な感じになってしもうた…。





 


▽つづきはこちら

【せつなるとき】


「あれ? 陽生くんまだ残ってたの?」

 部室の扉を勢いよく開けた井口さんは、机で部誌を書いていた僕を見るなりそう言った。
 僕は部誌を書く手を止めて言う。

「うん。監督と次の試合の打ち合わせしてたら遅くなっちゃって」
「ふうん。マネージャーも大変だねぇ」
「選手の井口さんたちに比べたら全然だよ。ところで井口さんはどうしたの?」

 井口さんは大抵部活が終わると素早く学校を去る。デートや合コンで忙しいらしい。
 彼女の慕っている遠野さんが居残っていれば井口さんも居残る時があるけれど、遠野さんも学校に長居するタイプではないので、井口さんが部活終了から50分も経った今学校にいるのはかなり珍しいことだ。
 井口さんは「ああ」と言いながら、ロッカーの方へ移動した。がちゃんと扉を開けて、取り出したのは携帯電話だった。沢山のストラップがついている。

「携帯忘れちゃったの。勇子ちゃんとしたことが」

 目を細めていたずらっぽく笑う。井口さんはとても愛嬌がある女の子だ。

「それは一大事だね。よかったね、途中で気づいて」
「ほんとー。電車乗った後とかだったら最悪だったよ。携帯ないとか有り得ないから。教科書なら忘れたって問題ないけど」
「寧ろ置いて帰るでしょ?」

 そう言うと、井口さんは「陽生くん判ってるね」とニヤリと笑った。
 僕は笑い返してから再び部誌に取りかかった。今日の練習内容をきちんと纏めておかないと。
 すぐに帰ってしまうだろうと思った井口さんは、意外なことにすぐには帰らず、メールか何かをしているようだった。
 部室には僕のシャーペンを走らせる音と井口さんの携帯を操作する音が走る。
 それからややすると、携帯のフラップを閉じる音がした。どうやらメールは終わりらしい。僕のほうはあとちょっとかかりそうだ。
 すると、

「…井口さん、ちょっと書きづらい」

 何の前触れもなく、いきなり上からのしかかられて、僕は小さく抗議した。
 井口さんは離れる素振りを全く見せず、

「ちえー、つまんないのー。陽生くんって純粋っぽいからこんなことしたら赤くなったりとか、露骨に反応してくれると思ったのに。はっ、まさか陽生くんってそんな可愛らしい外見に反してかなりの経験者だったりする!?」
「はは。同い年の妹がいるからね」

 そう言うと、井口さんは僕の頭上で「あー…」と何とも嫌そうな声を漏らした。
 井口さんと僕の双子の妹は同じクラスなのだけど、どうやらあまり相性がよくないようなのだ。

「双子なのにちーっとも似てないよね、陽生くんたち」
「そう? 男女の双子にしては似てるって言われるけど」
「外見じゃなくて中身」

 井口さんは軽く吐息をついてから漸く離れた。その時彼女から花を煮詰めたような匂いの香水が微かに香った。好ましい匂いだった。両親に反発する目的のためだけにつけられた妹の香水とはまるで別物だ。香水には変わりないはずなのに。

「陽生くん全然構ってくれないからもう行こーっと」
「今日は誰とデートなの?」
「今日は何にも予定ないの。みんな忙しいんだって。渋谷でもうろつこうかな」

 僕は壁の時計を見上げた。もう20時をとっくに過ぎている。

「何の予定もないなら早く帰った方がいいよ。もう遅いから」

 僕の発言に井口さんは俄かに眉を顰めた。
 人づてに聞いた話だが、家族との折り合いがよくないらしい。どこの家庭も悩みは似ているようだ。

「嫌ー。家に帰ったってつまんないもん」

 井口さんは唇を尖らせると、再び携帯を操作し始めた。

「もー、何でみんなつかまんないかなぁ。普段は暇してるくせに」

 妹もこんなふうなのだろうか。誰でもいい、ただその瞬間が楽しければ、乾いた楽しさであっても、続けば永遠に近いと思っているのだろうか。しかしその姿は傍目にとても痛々しい。僕はそんな姿を見るのがとても苦痛だった。
 だから僕は井口さんのことが気になったのだと思う。どこか妹と似通った部分のあるこの女の子を。
 井口さんはフラップを閉じて大きな吐息をついた。やはり遊ぶ相手は見つからなかったようだ。

「ねえ、井口さん」

 恨めしそうに携帯を見つめる井口さんに僕は声をかけた。眉根を寄せたまま、井口さんは僕を見る。

「もしよかったらご飯でも食べて帰らない?」

 井口さんはきょとんとした眼差しを僕に向けた。僕の口からこんな台詞が出るとは思いも寄らなかったのだろう。僕だってそうだった。
 しばらく沈黙があった後、井口さんはにんまりと笑って言った。

「じゃあ駅前に新しく出来たファミレスがいいな。オープン記念でデザートサービスなんだよ、今」

 僕は彼女の笑顔にほっとしながら「じゃあ、すぐ終わらせるから」と部誌にシャーペンを走らせた。
 井口さんにとって今の僕は乾いた時間を埋める誰でもいい存在の一人に過ぎないだろう。今はそれでいい。
 ただ願わくば、いつか誰でもないたった一人になれますよう。

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