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ゼロのノート

ト書きでカンタン☆ 気楽に気軽に創作物語。

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妖絵巻番外 1番の価値。:11

 べそをかくアタシを蚊帳の外に放り出して。

「だからぁー。わかってナイっていうのー、キミはぁ」
「何がだよ」
「電話の向こうにいるの、もう中学生じゃないんだヨ? 女の子じゃなくて、女なの」
「いや、女の子だろ。高校卒業したばっかの」
「……ほぅーら、わかってナーイ」
「わかってるよ」
「わかってなーい! どうしてそうもわかんないかなぁ? 夜中に泣きながら電話を何度もかける。貴方しか頼れる人がいないの、なんて。フツーしないでしょ、なんとも思ってない男のところなんかに」
「だって俺、先生だったし……」
「いつの話、それ? あーあ。どこまでトンチキかな、キミは。フミたんカワイソ。気づいてあげればァ?」

 と。
突然、先生の声と女の声の大きさが逆転した。
 電話が女に取られたのだ。

「女と年下を巧みに利用してるネ。なかなかやるな、フミたんっ♪」

 そして通話は一方的に切られる。
 すぐに折り返し、先生からかかってきたけど、今度はアタシが出なかった。
 女の言葉に鋭く心をえぐられたアタシはダメージ大。
今まで意識していなかったけど、的を得ていると思ってしまったの。
胃の底が熱を持ってずんと重い。
気づかないようにしていた不快なものが、どんどん溜まっていくような気がした。
 もう、女の子なんかじゃない。
アタシは女。
 


▽つづきはこちら

 見ているだけで満足とか言う、夢見がちでプラトニックなだけの恋じゃない自覚がある。
 見ているだけじゃ、側にいるだけじゃ、満足できない。
先生が欲しい。手に入れたい。
 悪い女から救い出すと称して、他人の婚約者を横取りしようとしてる。
 年下の女のコという蓑を着て、女であることを隠せば、容易に先生の保護下に入れてしまうことを無意識に知っている。
 そして、夜中に彼氏でもない男性に泣きながら電話をかけるなんて図々しい行為をしても、当然、許されるものと思っていた自分がいる。
 痛いところを突かれて、アタシは自分に強烈な嫌悪感を抱いた。
 あの女から先生を助けてあげようと思ったのに。
 その建前さえも砕かれた。
 どうしても、あの女に敵わない。
 何度も鳴った電話。
 急にただ心配してくれている先生と向き合うことが恥ずかしく思えて、電話を受けることが出来なくなった。
 結局、メールを一通だけ入れた。

「ご心配かけてすみません。もう大丈夫です。気にしないで下さい\(^o^)/」と。

あれだけ騒がせておいて、理由も告げずに大丈夫だなんて、相手が困惑するに決まってる。
引っかかるに決まってる。
気にしないでと言いながら、気にして下さいと言わんばかりのメールを送る、アタシはいやらしい。







打ちのめされたアタシは、しばらく立ち直ることが出来ないでいた。
敵は強大だったと今更になって思い知らされる。
アタシじゃとても、相手にならない。
それでも諦めきれずに先生の学校を何度も訪ねた。
もちろん、会わずに立ち去るのだけど、何かしら用事を作っては側を通る。
春から通い始めた大学は隣の駅だったけど、運動といって1つ手前の駅で下車。
自分から会いに行く勇気はまだないけど、偶然が力を貸してくれるなら、ゼヒ会わせて欲しい。
だけどもし会ってしまったら、何を話せばいいだろう。
あの女はきっとアタシの胸の内をそっとしておいてなんかくれない。
みーんな先生にバラして、アタシがいかにあざとい女かって告げ口してるに決まってる。
どうして先生があんな女を好きになったのか未だに理解できない。
先生は女を見る目がない。
きっと昔、片思いだったって女も大したことがないに決まってる。
だいたい、先生くらいの男の人なら、もっと美人の彼女が居てもおかしくないのに。
もっと美人で素敵な彼女がいたら、アタシだってもっと諦めついたハズだよ。
いつまでも未練がましいのは、先生のせいなんだから。
毎日、同じようなことを考えては、門の前に立つ。
桜の季節が終わり、若葉の美しい季節が過ぎ、大学の新しい友達と親しみ、傘が手放せない時期を越えてもまだアタシは前に進むことが出来ずにいた。
もういつの間にか夏休み。
人気のない校舎。
校庭では真っ黒に日焼けした野球部員が掛け声をかけながら元気に走り回っている。
とても静かだ。
こうやってアスファルトの上でじりじり焼かれながら待っていたって、誰も気づいてくれはしない。
きっと、先生もお休みでいないハズ。
今頃、あの女と結婚式の計画を楽しそうに立てているんだ。
それでも恋心が貴方を求めて、アタシをこの場所に連れてくる。

「先生、ホラ、あの人だよ。いつもあそこでウロウロしてて……なんか用があるんじゃない? 声かけてみた方がいい?」

 ……へ?
 校門前でバカみたいに突っ立っていたアタシに、女子高生が指を突きつけていた。
 ヤバイ。
フツーに見つかった。
誰も気づかないって……そんなわけないよね。
見つけるよ、気づくよ。むしろ不審者だよ。
アタシは自分の酔った考えに心の中でツッコミを入れた。
あわわ、どうしよう。
 逃げようときびすを返したら、背後から呼び止める声。

「あぁっ!? 下野じゃないか。おい、どーした?」

 なんてこった!
 先生だよ!
 この学校に沢山の教師が居るだろうに、女子高校生が連れてきたのはよりによって古賀先生!
 いいんだか、悪いんだか。
 ばつが悪そうにアタシが振り返る。
 どうしよう。まだ準備してなかったよ。
 何を話したらいい?
 知り合いだと了解したジャージ姿の女子生徒はぺこりとあいまいに頭を下げると体育館の方へ駆けて行った。

「……彼女……瞳さん……元気ですか?」

 卑屈な笑みを浮かべて別に知りたくもないことを聞く。

「……元気だと、思うよ?」

 先生は他人事のように言った。
 だと思うってどういうことだろう。
 アタシは自分に都合のいいように解釈したくなった。
 ダメだよ、先生。
 貴方を求める卑しい心は、全ての言葉を捻じ曲げるのが得意なの。
 だから、そんな隙のある言い方しちゃダメ。

「まさか、そんなことを話に来たワケじゃないだろう? どうした? 通りかかって覗いてみただけか? 話、あるんなら聞いてやりたいけど今はちょっと……悪いな、今度来るときは事前に連絡してからにしてくれ」

 すぐに立ち去ろうとする先生は夏休みでも暇そうではなかった。
 アタシはあわてて引き止めて、先生の、夏なのに長袖のシャツをつまんで進行を阻止した。

「待って……!」

でも何のために引き止めたのかわからなくてそれ以上の言葉が出てこない。

「何?」
「先生……」

 蝉のせわしい鳴き声にまぎれて、アタシは先生を困らせるようにお願いした。

「瞳さんと別れて下さい」

 先生は切れ長な眼をわずかに見開いた。
 びっくりしたんだね。
 そうだよね。
 それから少しの間、アタシを見つめたあと、ふいに夏の空を仰ぎ見た。

「暑いな、今日も」

 熱風が吹き抜けて、先生の癖のない髪をさらりと揺らす。
 ああ、うだるようなこの暑さも先生の周りだけ爽やかに通り過ぎていくみたい。
 暑さを感じさせない涼しげな瞳が眩しそうに細められる。

「先生……」
「……別れたよ。先月」
「……え?」

 空を見上げたまま、大したことでもないみたいに先生がさらりと言うから、危うく聞き逃してしまいそうだった。

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